王国の鳥-12
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白い鳥の目に見えない力によって地面に押し伏せられた賊の数は、建物の屋根の上に潜んでいたものも含めて二十数人に及んでいた。
見えない、と言っても、賊を押さえつける空気の幕の形に、陽炎のように光の歪む空間が発生してはいたが。
ともあれ、エイが斬殺した数を合わせれば、四十名近くが襲撃に動員されたことになる。
それだけの賊を捕縛するのに十分な数の警備兵が来るまで、ハヅルは力を行使できる鳥態を保たざるを得ず、結果、騒ぎに集まってきた多くの一般市民に姿をさらす羽目になってしまった。
『変化』は軽々しく行うべきではない、というのが一族の決まりだ。
といっても具体的に罰則があるわけではないし、正当な理由があれば特に咎められることではない。
……のだが、ツミの者特有の刷り込みのようなもので、ハヅルは決まりに反した罪悪感に頭を抱えていた。
「大丈夫?」
エイが気遣わしげに彼女をのぞきこんだ。
三人は今、王宮から警兵庁に寄越された馬車に“連行”されつつあるところだった。
王女はハヅルとエイの数歩前を警備長官と何事か話しながら歩いている。
ハヅルは顔を上げて、軽くエイを睨みつけた。
「あなたが飛び出さなければ、わざわざ変化する必要なんかなかったんだ。姫を連れて逃げるだけなら容易い話だったのに」
エイは心底すまなそうに頭を下げた。
「すみません。どうも剣を握ると熱くなってしまって」
「熱く……?」
背も凍るような冷徹な剣技を思い出して、ハヅルは首をかしげた。
「……姫も連中を捕まえたがっていたから、結果的には良かったんだろうが」
「怪我の功名になるかな?」
ほっと安堵の息をついたエイに、彼女は続けた。
「だからと言って、姫を危険にさらしたことには違いない。大体、あなたが怪我をしていたらいたで、王子に小言を食らうのは私なんだぞ」
「あ……本当にそうだね。ごめん」
彼は素直に、反省するようにうなだれた。
またしばらく沈黙が続いた。
「それはそうと、」
長い沈黙を破って、彼は突然話しかけてきた。
もうしゃべる気はないのだろうと黙っていたハヅルは驚いてしまった。タイミングもなにもあったものではない。
もしかしたら、とハヅルは思いいたった。彼は単に話し下手なのでは……
「君はアハトと違って、真っ白なんだね。不思議だけどとてもきれいだった」
率直に容姿を褒められて、ハヅルの頬が上気する。
彼女はそれを悟られまいと顔をそらした。そうして相手の顔を見ぬまま、浮かんだ疑問を口にした。
「アハトの鳥態をどんな機会に見たんだ? 王子が戯れで変化しろと言ったってするものじゃないのに」
「もちろん、戯れなんかじゃないよ」
エイは静かな口調で言った。
「それではどこで」
ぽつりと、呟きのように彼は答えた。
「昨年、戦場で」
ハヅルはつと目を上げ、丈高い彼の顔を見上げた。
「……彼に殺されかけたんだ、僕は」
あまり変化しない表情の中、彼ははっきりと、照れたように笑った。
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