王国の鳥-10
「ハヅル」
「は、」
王女に名を呼ばれ、ついでそっと腕に触れられて、彼女はようやく我に返った。
「すごいわね。兄上がお気に召すのもわかります」
王女はいっときも止まらないエイの剣の切っ先を目で追いながら、感嘆の吐息とともに囁いた。それからハヅルに視線を移すと、冷静な口調に戻る。
「ただの強盗ではないようですね」
ハヅルは頷いた。
市民に紛れてこれほどの数を手配するなど、ただごとではない。十中八九王女を狙っての計画的な犯行だ。
狙いは暗殺か、誘拐か。
気まぐれに決まったお忍びの外出に、どうやって合わせたのか……
「行きましょう」
ハヅルは王女の手をとった。
多勢に無勢のようにも見えたが、敵の誰一人、エイにかすり傷一つ負わせられないでいる。
ハヅル一人ならば王女を連れて、敵に背を向け逃げの一手を決め込んだだろうが、この調子ならば相手を捕縛することもできるかもしれない。
「エイ!」
あの集中のさなかの耳に届くかどうかは知れなかったが、ハヅルは一応、彼に声をかけた。
エイの意識が一瞬こちらに向いたのがわかった。突進するばかりだった足運びが、退く形に変化する。
「こっちだ」
そのまま、自分より長身の王女を抱きかかえると、彼女は路地を駆け出した。
途端、足止めを狙ってか鉄針が振ってくる。
ハヅルには全て視えていた。両手がふさがっていて弾き返すことはできなかったが、彼女は全てをすれすれで避けきった。
避けきった最後の鉄針が地に突き立つタイミングで、両側の路地から男たちが飛び出す。
彼女は身をかがめて鉄針を避けた姿勢から、そのまま勢いづけてドン、と地を蹴った。
王女を抱えたまま、ハヅルは敵の頭上高く飛び上がった。王女は、ぎゅ、とハヅルの首に抱きつく腕に力をこめた。
信じがたい跳躍に唖然と空を向く一人の頭を踏みつけて前方への推進力を加え、無事に彼らの背後に着地する。
男たちは我に返って、彼女らを追うべく向きを変えたが、むろん、そうするべきではなかった。エイが彼女たちの後から走って来ていたのだ。
彼らの無防備な背に、閃光のような死が容赦なく襲いかかった。
背後から、おめきもなく襲撃者の倒れる音がハヅルの耳に届いた。
前方に路地の間の小さな広場が見えた。
「あの広場に集めましょう」
「はい」
王女の言わんとするところを悟って、彼女は小さく頷いた。王女を地に立たせ、追いついてきたエイに預ける。
そしてまっすぐに立つと、一つ深呼吸をして……
『変化』した。