伏兵は女王様 <前編>-5
「姉ちゃんっ! 夏樹姉ちゃんってば!!!」
隆の声にふと我に返るも、どこか気の抜けた表情で視線を泳がせる私。
「…………また何か勘違いしてるだろ?」
「な、何かって? べ、別に私は………… その……」
「ごめん、俺の口からちゃんと説明するね? 確かに俺とユイは………… 昔…… 付き合っていたよ」
隆の言葉が遠くに聞こえる。
聞きたくなかったから、聞いてしまったら受け入れなくてはならないから、
だからこの場を去ろうとしたはずのに……
「い、いいよそんなの…… わざわざ私に説明なんかしなくても…………」
顔色ひとつ変えぬまま、その実、内心大きなショックを受けた私は、
この期に及んで隆の言葉から逃げようと必死でもがく。
「よくない!!! ちゃんと聞いて欲しいんだ!」
けれど、あまりに真剣な目で私を見つめる隆に、
すっかり私は逃げ場を無くしてしまい、
仕方無く、どこか腹をくくるように頷いては隆の言葉に耳を傾けた。
「付き合ってはいたけれど…… その…… それは去年の夏の話で…………」
「…………うん」
「それもたった一ヶ月だけの…… お試し恋愛みたいなものだったんだよ…………」
「……………………お試し恋愛?」
予想外の言葉にひっかかる私。
ちらりとユイの顔を見ると、まるでその言葉を肯定するようにコクリと頷いている。
「もともとユイとは友達だったんだけど…… 色々話しているウチに急に告白されちゃってさ……」
「…………ユイちゃんから?」
「そう、ユイから隆に付き合って欲しいとお願いした」
「それでその…… 付き合い始める事になったんだけどさ…………」
「けど、そのすぐ一ヶ月後にユイから別れたいと告げたのです」
隆の言葉に合いの手を入れるようにユイが話を繋げていく。
その、あまりに淡々とした口調に拍子抜けした私は、
どうにも冷静にならざる得なくなっていたが……
「な、なんでユイちゃんは………… そんな事を?」
私の問いかけに少しだけ言葉に詰まるユイ。
けれど、すぐにまた私の目を見つめては言葉を返した。
「マイノリティな自分が恐かったから…………」
そう言ってユイは少し儚げな目をしたかと思うと、
急に深々と私に頭を下げた。
「あ、いや………… 俺は知らなかったんだよ…… ユイがその……」
「…………女の子が好きだって事?」
「うん…… 別れ際にカミングアウトされてさ………… その時初めて知ったんだ……」
「つまり…… ユイちゃんは…………」
頭を下げたままのユイを私と隆がじっと見つめる。
まるでその視線に気づいたようにユイはゆっくり顔をあげたかと思うと、
息を飲み私の目をしっかり見据えながらこう告げた。
「男を知る事で自分が変えられるならばと………… ただそれだけのために隆と付き合ったのです」
その言葉に思いのほかカッとなった私は、
目を見開き、その身を前に乗り出したかと思うと、
右手を上げ一瞬の躊躇いも無く、
気がつけばユイの頬を思いっきり平手打ちしていた。