『お父さま』に反抗-2
ルーファスが執務室の椅子に座ると、待ち構えていたリドが、即時に報告を開始した。
「かの男性は、王都在住のバイアルド・フューラー子爵。
妻とは早くに死別し、家族は一人娘のアンジェラのみ。ヴァイオリンの名奏者でもあり、昨晩も貴婦人方のために、別室で独奏を披露しておりました。……と、いう事になっております」
「……『なっている』?」
「偽名です。そのような人物は、存在いたしません」
「娘がいると言っていたな?それも嘘か?」
「本物の娘かは不明ですが、夜会では、いつも美しいご令嬢を連れていたそうです」
淡々と報告書を読み上げるリドの声は、いつもよりも格段にひややかで、毒舌の一つすら飛び出さない事が、かえって怒りの深さを表していた。
カテリナを抱いた事を、無言で全身全霊を込めて非難しているのだ。
「アンジェラ・フューラー子爵令嬢は、昨晩はいらっしゃいませんでした。赤毛で瑠璃色の瞳。歳は19歳」
「……」
「昨日の招待客達に尋ねてみました。『カテリナさまが赤毛だったら、見覚えがあるか?』と。ウィッグ一つで、印象は随分ちがいますからね」
「カテリナが、そのアンジェラだと?なら、どうして娘に知らない素振りをした?」
「まだ、そこまでは存じません」
冷淡にリドは返事をする。
「……その男と会えるか?」
「行方を追わせておりますが、難しいでしょう」
執事のヒスイ色の瞳が、警告を発している。
「生前、私の父から、ヴァイオリンが得意な赤毛の優男の話を聞きました。初対面の相手にも、まるで昔からの知人のように警戒心を解かせてしまい、彼に夢中になった相手は、まるで操り人形のように、意のままに動かされてしまうと……財産を全て渡した上、自殺まで要求されても従ってしまうそうですよ」
バサリと音を立てて、書類が机に叩きつけられた。
「赤毛の(バイアルド)・繰り人(フューラー)。この数年、裏社会からも姿を消していたそうですが、十中八九、あの男に違いありません」