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堕ちた天使の夜想曲
【ファンタジー 官能小説】

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『お父さま』に反抗-3

 カテリナの表情と、体中についた情交の痕を見て、クレオは複雑そうな顔をしたが、それについては特に何も言わなかった。
 代わりに、城の料理番が飼っているネコが子どもを産んだ事や、庭で綺麗な蝶を見かけたなど、明るい話題を色々出してくれた。

 少しでも気分を引き立ててくれようとしている事が、ひしひし伝わってくる。
 これ以上、心配をかけまいと、カテリナもできるだけ明るく振舞ったが、夜が近づくにつれ、気分はどうしても落ち着かなくなっていく。
 今夜からは、ルーファスの寝室で眠るようにと、メイド長から告げられていたせいだ。

 どうやら今日のルーファスは多忙らしく、晩餐にさえ姿を見せなかった。
 リドを伴って、どこかへ出かけたらしい。

 湯浴みをした後、メイドたちの手で、全身に香油を塗りこまれる。
 いつもの香油ではなく、甘く怪しい花の香りのする香油は、情事の為のものなのだろう。

 たった一晩で、何もかも狂ってしまった気がした。

 
 薄い夜着をまとい、静まり返ったルーファスの寝室で、一人寝台に腰掛けていたが、次第に耐え難い気分は募るばかりだ。
 夜風でも吸えば、少しは気分が変わるかと、バルコニーへ続く窓を開けた。

「!?」

「迎えに来たよ。僕の可愛いアンジェラ」

 品の良い身なりをした赤毛の男は、バルコニーの手すりにもたれ、悠然と微笑んでいた。
 手にはやはりヴァイオリン。

「迎え……?それに、バイアルドさま……どうしてここに……?」

 城は厳重に警護されているはずなのに、どうやって彼は入ったのだろう?

「最初は、公爵に自分の身を守らせるために、演技をしているのかと思ったよ」

 質問には答えず、ゆったりとした口調で、バイアルドは話しかけてくる。
 相変わらず、彼の言葉は音楽めいた美しい旋律を帯びていた。

「しかし悲しいね。本当に忘れてしまったとは……もう、『お父さま』と呼んでくれないのかな?」

「……おとうさま?」

 その単語を発した自分の声は、ひどく幼い子どもの声のように思えた。

「ほら、お前の愛用品だよ。もう一度同じものを作らせた」

 バイアルドが、何か銀色のモノを取り出し、放り投げた。
 宙を飛んできたそれを、思わず受け止める。

「あ……」

 長さ三十センチ近くある、凝った装飾を凝らした銀の十字架だった。

「あ、あ、あ……」

 頭が割れそうに痛む……飛び散る鮮血……真っ赤に染まった手……銀の十字架…………!!!

「あ、あ、ああああ!!!!!!」

 喉が裂けんばかりの叫び声があがった。

 
 全部、全部思い出した。本当の名も、自分の罪さえも、全部!!


 十字架の裏側にある留め金を外し、“鞘”から刃を引き抜く。
 夜毎の悪夢に出ていたのは、ただの十字架じゃなかった。
 十字架に見せかけ持ち歩いていた、この短剣(スティレット)だった。

 夜の闇を切り裂かんばかりに、カテリナの振るった刃は銀色の閃光になってバイアルドへ襲い掛かる。

「やれやれ。まだ反抗を続けるのかね」

 バイアルドのもつヴァイオリンの弓が、なんなく斬撃を弾き返した。
 こちらもよく見れば、鋼鉄製の刃が仕込まれている。

 この城の誰しもが、想像もしなかった光景だろう。
 カテリナが銀色のスティレットを手に、凄まじい速さで次々と、攻撃を繰り出している。
 夜闇の中、金の長い髪が散って月光に煌く。
 その姿は天使……『死の天使』の美しさだった。

「カテリナさま!?どうかなさいました……か……?」

 物音に気付いたのだろう。
 勢いよく開いた扉の向こうに、信じられない光景を目の当たりにしたクレオが立ち尽くしていた。

「クレオっ!」

 ギクリと、一瞬カテリナの身体が強張り、決定的な隙をつくった。

「あうっ!」

 ヴァイオリンの弓が、激しくカテリナの首筋を打つ。
 刃の仕込まれていない側だったため、絶命こそしなかったが、急所への的確な一撃は、カテリナの意識を奪って昏倒させる。

「誰か!!カテリナさ……きゃぁ!!」

 人を呼ぼうとしたクレオの方へ、バイアルドがひょいと手首を振った。
 食事ナイフくらいの小さな短剣が、メイド服の膨らんだ肩口に突き刺さり、戸口へ縫い付ける。
 ケガこそしなかったが、恐怖に縛り上げられたクレオは、一言も発せずに人形のように固まってしまう。
 ニコリと、バイアルドは優雅で人好きのする微笑を向けた。

「メイドのお嬢さん。領主様にご伝言をお願いしますよ。
 天使(アンジェラ)が欲しければ、一人で城下町の南にある廃教会まで来るように、と」

 バイアルドは、ぐったりしたカテリナを荷物のように軽々と肩に担ぎ、あっという間にバルコニーから姿を消した。

 数秒とおかず、衛兵や他の使用人たちが駆けつけ、クレオを助け起こしたが、その時にはもう二人はどこにも見えず、城内をくまなく探しても無駄だった。

……ほどなくして、裏門の衛兵が全員殺されているのが見つかったからだ。





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