主人にお説教-1
「おはようございます」
「おはよう。リド」
茶器とともに部屋に入ってきた執事に、ルーファスは挨拶を返す。
既に衣服も着替え終わっていた。
以前は早朝に城を抜け出して息抜きするのがクセだったのだから、着替えくらいちゃんとできる。
ただカテリナの反応が面白いから、毎朝ついやってしまうだけだ。
「カテリナの顔、見たか?可愛いな。上半身見ただけで真っ赤になっちゃって」
「……お説教させていただきます。彼女に深入りなさるのは感心しません」
軽口につきあわず、いつもの口の悪さすら影を潜め、ひどく冷静で真摯にリドが告げた。
「気立てもよく美人で真面目。しかも貴方に媚びも言い寄りもしない女性など、物珍しくて惹かれる気持ちはわからなくもありませんが、彼女はいけません」
「欠点は、ちょっと硬すぎるところだが、その分からかい甲斐があるしな」
「……そのようですね。でも駄目です」
「ところでリド。大事な事を忘れてるぞ」
重々しくルーファスは宣言した。
「素晴らしい隠れ巨乳だ!それでいて胸の開いた服を着ない所が、またポイント高い!」
「っ!この種馬領主がぁぁ!!!恋にイカれて、脳みそ溶けやがりましたぁ!!!???」
ついに、リドが本性を見せて怒る。
「これが身元のはっきりした姫君相手でしたら……まぁ百億歩譲ってそこらの町娘でも、シャンパン抜いて号泣しながら祝ってやりますが、彼女は止めとけってんです!!」
怒り狂いながらも、カップへ茶をそそぐ手元は、いささかも狂わないのだから大したものだ。と、変なところにルーファスは感心する。
「領地付近の上流階級は、没落したものまで全部調べさせました。裕福な庶民階級も全て。該当するような行方不明者はいません」
「王都にも該当なしか?」
「はい。彼女が記憶喪失を装った教会の手先というケースも考えられます」
リドは淡々と言葉を紡ぐ。
「教会の手先?大袈裟すぎる」
いささか飛躍しすぎな執事に、さすがにルーファスも眉をひそめた。
シシリーナ国の教会組織は腐りきっている。
信心と良心をドブに捨て、麻薬や人身、臓器にいたるまで、金になるならあらゆるものを売りさばいていた。
聖なる仮面は、一般庶民相手にはまだはがれていないものの、ルーファスのように政治に携わる者なら、誰でも知っていることだ。
「大袈裟でも臆病者でも、お好きにどうぞ」
執事は臆しもせず、まっすぐに主を見返す。
「リド。いっそカテリナは本当に天使だって言うのはどうだ?それなら身元がわからなくても不思議じゃないだろ」
南側の窓から見える中庭で、カテリナが小鳥に餌をやっているのが見えた。
何羽もの小鳥が彼女の肩に止り、白い手から直接パンくずを貰っている。
鳥以外にも、厩舎の馬や気難しい番犬とさえも、彼女はすぐに仲良くなった。動物のほうから、彼女にあっという間に警戒心を解いて懐き出す。
それは人間も同じだった。
お堅い古参の使用人たちとも、カテリナはすっかり打ち解けている。