恩人に恩返し-1
――二ヵ月後。
「ルーファスさま、おはようございます」
入室前に一応ノックはしたが、部屋の主はまだ夢の中を散歩中らしいから、カテリナは扉を開けて声を掛ける。
しなやかな足取りに、上質なドレスのスカートが、軽やかに動いてついていく。
カーテンをあけ、眩しい初夏の朝日を入れた。
室内が一気に明るくなり、陽光がカテリナを照らす。
年頃の男なら、誰でも振り返るような美しさの少女だった。
雪白の肌、淡い色をした長い金髪、くっきりした顔だち……瑠璃色をしたアーモンド型の瞳を眩しさに細め、カテリナは再び声をかけた。
「朝ですよ。ルーファスさま」
しかし、まだ返事はない。
仕方なく、天涯カーテンを除け、青年の寝顔へ直接声を掛ける。
「おはようございます。ルーファスさま」
青空色の目が、パチリと開いた。
「おはよう。カテリナ」
「もしや、とっくに起きていらっしゃいました?」
寝起きとは思えない軽快な返事に、カテリナの片眉がわずかにあがる。
「ばれたか」
上体を起こしたルーファスからは、まるで悪びれない返事が返ってきた。
とはいえ、特に咎める気もない。
『カテリナ』
この名前さえも、彼からもらったものだ。
二ヶ月前。
カテリナは半死半生で川から流れてきたところを、ルーファスに助けられた。
その時に、本名も記憶も、どうやら所持品と一緒に、川へ流してしまったらしい。
身元のわかるような持ち物は一切なく、自分の名前も過去も、どうしてこんな状況になったのかも、まるで思い出せない。
見た目から、おそらく年齢は18〜9だろうが、正確な年齢も不明。
自身に関することだけが、まるで切り取られたように、スッパリ抜け落ちていた。
手足の傷の他、頭部にもひどくぶつけた後があったので、医師はそのせいと判断した。
記憶はすぐ戻るかもしれないし、一生戻らないかもしれないそうだ。
身元がわかるまでここにいたらどうだと、親切にルーファスは申し出てくれ、名前がないと不便だからと、当座の名前までくれた。
ルーファスはカテリナの命の恩人だし、目下のところ世話になっているのも続行中だ。
せめて何か恩返しさせてくれと言って、彼を毎朝起こすという役目を貰った。
だから、ルーファスが布団から早々出てしまったら、カテリナの仕事がなくなってしまう。