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堕ちた天使の夜想曲
【ファンタジー 官能小説】

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 恩人に恩返し-2

「リドさんが、今日は朝食の前にお仕事の話をなさりたいと、おっしゃっておりました」

 着替えを差し出し、執事からの伝言を伝える。
 そして、何か期待してるようなワクワク顔で自分を眺めているルーファスに、ニコリと笑って告げた。

「普段着ですから、手伝いませんよ」
「……チっ」

 ルーファスが悔しそうに舌打ちする。

「お着替えの手伝いでしたら、どなたか男性を呼んで来ましょうか?」

 カテリナは尋ねた。
 一人では着脱が難しい甲冑や夜会用の複雑な衣装ならともかく、普段の着替えくらい自分でするのが当前と思っていた。
 しかし、それはあくまでカテリナの個人的な意見で、上流階級の人間というのは、何をするにも人の手を借りるのが当たり前なのかもしれない。
 もしかして、ここしばらくの間、ルーファスは本当に不便な思いをしていたのかもしれない……と思ったが。

「いや、いらない」

 あっさり断られた。

「……ルーファスさま」

 少し躊躇ったすえ、カテリナは思い切って切り出した。

「その……私に、もっと恩返しできる仕事をください!」

 この城で、カテリナが不自由なく暮らせるようにと、ルーファスは手配してくれたが、その『不自由のなさ』こそが悩みの種だった。
 食事もルーファスと一緒にとるし、与えられたドレスも上等なものだ。
 身元もわからない居候娘でありながら、とびきりの賓客として扱われている。
 不当な利益を貪っているようで、とても落ち着かない。

「ルーファスさまを起こす係りだけでは、一日に何百回起こしても、恩返しには追いつきません!」

 必死の訴えだったが、ルーファスは涙目で笑い転げていた。

「くっく……アハハ!!五分毎に起こされるわけか!」
「でも、このままでは本当に私の気が済まないのです!台所仕事でも掃除でも……」

 笑いすぎて、まだ涙を目端に浮かべながら、ルーファスは首をふる。

「駄目だ。君の気分を満足させるために、この家の名に泥を塗れと?」
「……私が働きたいのは、迷惑なのですか?」
「非常に迷惑だ」

 あっさりと、言い放たれた。

「もし君がどこかの姫君だった場合、使用人扱いなどしたら、取り返しのつかない事態になりかねん。しかし、その逆……賓客扱いした相手が庶民だとしても、なんの問題もないからな」
「それは……」
「よって、君の身元がわからない以上、賓客としての待遇が一番妥当なんだよ」

 ルーファスのいう事は、きちんと筋が通っている。
 低い扱いをされて怒るものはいても、高い扱いを受けて訴えるものはいないだろう。

「しかし、私が上流階級の出身とは思えませんが……」

 毎日メイドに手入れされ、いまやすっかり綺麗になった自分の両手をチラリと見て、カテリナは小さく抗議した。

 拾われた当初には、傷を抜きにしても、それなりに荒れた手をしていた。
 掃除や料理などの家事も、しようと思えばできる。
 着ていた服も、そんなに上質の素材ではなかった。

 しかし、ルーファスは的確に指摘する。

「一般庶民は、何ヶ国語も操れたり、上流階級の作法を完璧にこなしたりしない」
「……」

 今度こそ、完璧にカテリナは黙った。
 医師に色々な質問をされてわかったが、このシシリーナ国の言葉はもちろん、北のフロッケンベルク語や南西のイスパニラ語、おおよそ主要な国の会話や読み書きが、ほぼ完璧にできた。
 ダンスやその他の作法なども一通りをたしなんでいたらしい。

「この国の王が、今のソフィア女王陛下に変わって二年。そこそこ落ち着いてきたが、新しい支配者に取り入って権力の拡大を狙う輩も増え出してね」

 まだ夜着のまま腰掛けている姿ながら、一大領主としての風格を漂わせ、ルーファスが説明する。

「残念ながら、この領地はそういった連中から格好の標的に見られている。こういった微妙な時期には、僅かなスキャンダルでも、命取りになりかねない」
「……そう……ですか……」
「そして、俺には領地の平穏を維持する義務があるから、君の良心には口を閉じてもらうしかないわけだ。わかったかな?」
「はい……」
「そうだな……なんならジャガイモの皮むきより、もっといい恩返しがある」

 カテリナの顎に指をかけ、ルーファスは自分へ向けさせる。

「俺の添い寝役はどうだ?」
「……え!?」
「子どもじゃないから、眠るだけとは限らないが、実にやりがいのあるハードな仕事だと思うぞ」

 真っ赤になって固まるカテリナを前に、楽しげにルーファスは続ける。

「うん、そうだな。そのまま朝まで一緒に過ごせば、俺を起こすのも簡単だし、ちょうどいいじゃないか」
「ル・ル・ル、ーファス、さまっ!それは……っ!!」
「なんなら、今から初めようか?」

 顎から手を離され、目の前で夜着が脱ぎはじめられる。

「き、着替えなら、私が出て行ってからにしてくださいませ!」

 あわてて部屋から飛び出し、後ろ手に扉を閉めた。
 閉まる寸前、ルーファスが愉快そうに笑っている声が聞えた。

”また” からかわれたのだ。



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