後編-7
× × ×
女は、男が意識を失ったことを確認してからソファに座り直し、口を大きく開けて嵌め
てあった器具を取り外した。歯に引っ掛けて固定する薄い膜のようなコンドーム状の物で
袋の中には白い液体が詰まっている。スツールの上から金具のような物を拾って、中身が
出ないように封をした。
そして、傍らの黒いトートバッグの中から魔法瓶のような筒状の容器を取り出し、蓋を
捻って開けると、その中に液体が詰まった器具を入れて蓋を閉めた。容器をバッグにしま
って、スツールの上の道具類も一緒に片付けていった。
（これにて終了っと）
スツールの上に出してあった物をバッグに収納し終わると、女は内心に呟いて、再び立
ち上がった。もう一つのスツールの上に置いてあった上着を取って袖を通す。向かい側の
大きな鏡に姿を映して髪型や服装に乱れがないか簡単にチェックしたあと、近くまで寄っ
て、少し乱れていた口元を新しく取り出したおしぼりで拭って、ルージュを引き直した。
（結局、鏡は使う必要がなかったわね…）
男の方を振り返ってみると、先ほどと全く変わらない格好でソファに転がっていた。
（ここまで連れてくるのに手間取ったけど、終わってみれば、だいぶ早かったみたいね）
女は、腕時計を嵌め直し、傍らの黒いトートバッグを手に取って肩に掛けると、意識を
失った男を放ったらかしにしたまま、地下室を足早に退出して行った。
× × ×
先ほどの地下室からそれほど離れていない場所にあるコインパーキングに駐車したミニ
バンの運転席に座って、例の女が携帯電話で誰かと話している。
「何、あれって手違いなの？」
「ああそう、道理でね」
「恍けてるにしちゃぁ、しつこすぎると思ったのよ」
「おかげでさ、すぐ近くに来てんのに、薬仕込むハメになっちゃって」
「え？ デリバリー予約してたのって全然別の人だったって？」
「もう、しっかりしてよ、シロウトじゃあるまいし」
「でもさ、服装とかは、あっちの趣味に合ってたみたいよ」
「偶然だろうって？ 勘弁して欲しいわ、まったく」
「あの人、まだあそこで寝てると思うから、あとヨロシク」
「そう、どっかのトイレにでも連れ込んで目を覚ましてやればいいでしょ」
「例のブツは、いつも通りってことでいいのね？」
「あたし？ もう帰るわよ、何だか疲れちゃったし」
「それじゃ、頼むわ、じゃぁね、おやすみなさい」
女は、エンジンをかけて車を駐車場から発進させると、何処かへ走り去っていった。
（了）