「未来日本戦記」-3
実は龍も越えし者である。その気になれば、この十数メートルの距離を一瞬で詰める事ができる。
「悪く思うな!」
男二人と越えし者の間に入り二人の背中を、掌底を打つようにして弾き飛ばす。
そして後ろに気を配る。どうやら刀は飛んでこないらしい。
ほっと息をついた。
だが、吹き飛ばした二人が怒りながら、かつ震えた声でこう言ってきた。
「こ、この野郎!こ、越えし者だからって調子に乗るなよ!」
「こ、こっちには先生がいるんだ!覚えてろ!」
そして路地から去っていってしまう。
「行ったのか?」
男が龍に尋ねる。
「あ、あぁ。大丈夫か?」
男は助かったとは言わず、すまなかったと謝ってきた。何故そう言うかが分かってしまう自分。
「ありがとう」
「俺は別に…。そういや、なんであいつらに絡まれてたんだ?」
あの二人が心配だからお前を助けた…いや、助けたのはあいつらの方なのだが…と言うわけにもいかず、話を反らしてしまう。
男は手を刀から離し、語り始めた。
「あいつらが老人に手をあげたのだ」
「…は?」
「肩がぶつかったと騒いでいてな、俺が止めに入ったらこのような事態になってしまった」
それを聞いて龍は。
(驚いた、越えし者には珍しい正義のヒーローちゃんじゃねぇか)
と思う。
「俺の名前は心。日本を世直ししようと考えてる越えし者の高校生だ」
心に握手を求められる。
「俺は龍ってんだ。心ちゃんって呼んでいいか?」
その手を掴み、手を上下に揺すろうとした。
その時…。
「…!!」
顔に迫る斬撃を感じる。
とっさに空いてる左手をその軌道延長上に持って行き、指三本で防御する。
その刀は…心が振るったもの。
「どういうつもりだテメェ…!」
睨み、声を低くして言った。
「…さすがだ」
「あん?」
心は刀を戻した。
「加減したとはいえ、指のみで防ぐとは、かなりの腕…感じた通りだ」
「知っててやったのか」
龍が心を凄腕と感じたように、心も龍を凄腕と感じてもおかしくはない。
むしろ、それを知ってても攻撃してくるのは見上げた度胸である。
「少し力量が見たくてな、すまなかった」
あまりにもあっさりとした謝礼。
しかし、龍は怒らない。
「…へっ、気に入った」
「何がだ?」
「その世直しって何をやんだ?」
龍は心に興味を持ち始めた。それは、日常に飽き飽きしていたというのもある、面白そうな事に首を突っ込まない訳がなかった。
「…この世は変わったと思わないか?」
龍はゆっくりと話し始めた。
「まぁな、刀なんて持てる時代にもなっちまったし」
龍は近くの壁を背にして、聞きの体勢になる。
心は元から壁際に居たのでそこから動かず、そのまま話す。
「力の使い方が間違ってる、そう思わないか?」
「俺もその辺が気に入らねぇ、何から何においても曲がり曲がってやがる」
龍はポケットに手を突っ込み、四角が少し歪んだ建物の額縁に入った空を見上げた。
「曲がり?」
心がその言葉に反応する。
「俺は曲がってたり、筋が通ってねぇのが嫌いなんだ。こんなナリしてっけど、カツアゲとかした事ねぇぞ?」
「どんな身なりか、見えないがな」
龍は吹き出した。
そして自分の身なりを詳しく教える。
「…聞く限り、悪い人相しか思い付かないのだが…」
前が全開の上着に、異常に太いボンタンのようなズボン、左腕には龍のタトゥ、髪型は短髪で茶に染まり、眼は一重で少し細い、と言われる。
心は困った表情になる。
「まぁぶっちゃけ、中学は暴れててよ。舎弟も何十人と引き連れてたぜ?自慢になんねぇけどよ」
「まさか『龍爪』の?」
「お、知ってたか!」
有名なグループだった。しかし突然それは解散したと聞く。
「拳法の使い手だったと聞くが、何故だ」
「解散した理由か?」
「うむ」
龍は壁から背を離し、心に言った。
「師匠に勝負で負けてな」
龍はそこで足を開き、中腰になる。
左手を下から振り上げ、前方に向かって円を描く。左手が上に来たとき、右手足を同時に前に出す。足はずんっと地を踏み付け、右手は肘を打ち出す構えを取る。
「一通りの武術はやった。得意なのは八極拳ってヤツだ」
龍が踏んだアスファルトにひびが入っていた。
「凄いな、師匠も同じモノを?」
「あぁ。中学では敵無しだった俺はある日、師匠に勝負を挑んだ。今まで見てきた師匠なら勝てると思ったんだけどよ…」
「どうなったのだ?」
「…声に気を込めて喝って叫ばれた、それで俺が吹っ飛んで終わり」
龍は自分の言葉に合わせた動きをしながら話した。最後には、後ろに大きく飛んで尻餅をつく。
「それから心を入れ換えた」
片膝を立て、座ったまま言った。