「未来日本戦記」-10
−西−
「と、止めろ!」
「こ、このっ!」
西の地、ここの部隊は一人の越えし者を仕留められずにいた。
その越えし者の名は漆。
「僕を止めるのは、少し骨が折れるよ」
兵は漆に突きを放つ。
漆はその場で飛び、刀の上に立つ。
「しま…がっ!」
そして兵の頭を踏み台にして、漆は前に進む。
「たく、龍ちゃんも人が悪いよね。『誰も殺すな』だってさ。僕の剣技は殺してなんぼだよ」
兵がいない所に着地。
すぐそこに兵が集まり始め、漆に攻撃を仕掛ける。
「けど、まだ誰も殺してないぞぉ」
自分を襲う無数の刀を、鞘から抜いていない二本の忍者刀で弾く。
「龍ちゃん褒めてくれるかなぁ」
敵が目の前にいるというのに、漆は笑顔でそんな事を言っている。
「いい子いい子してくれるかなぁ」
「このガキ!」
兵が袈裟懸けの斬撃を打つ。
その刀を交差させた忍者刀で受け止める。
そのまますばやく前にスライド、相手の懐に入る。
「けど暇なんだよねー」
その兵に、感情のない瞳で見ながら話しかける。
「ちょっと遊んじゃおっと」
目にも留まらぬ速さで背後をとった漆は、兵の背中に攻撃を仕掛ける。
「…いっちょあがり♪」
そう言い残し、漆は兵の中を進んでいってしまう。
斬られた兵は命に別状はない。
「な、なんだ?」
「お、お前それ!」
斬られた兵の背中を見て仲間は驚愕する。
背中には比較的浅い傷で「龍ちゃん命」と書かれ、いや斬られている。
「……」
「…た、助かってよかったな」
「ある意味凄く苦痛なんだけど…」
「す、すぐ治るって!」
仲間は兵の肩を叩き、励まし続けた。
漆はある男と対峙した。それを直感で同類と判断する。
けして男色という意味ではない。
「…悪趣味だなぁ」
相手は紫のズボンに紫の上着、紫のバンダナ…紫の…紫の…。
とにかく紫の男と表現するしかない。
「ひひひひ」
「うわっ、笑い方凄い不気味」
紫の男は、にまぁ、と笑う。
「あの身のこなし、まさに忍ぶ影の動きィ…あんたも人殺しの芸を使うのかィ?」
男の喜悦じみた声、それに漆は後退りをする。
「あ、あのぉ…そこ、退いてもらえません?」
「駄目だよォ、ひひひひ」
「うぅ、ヤダなぁ」
しかたなく、漆は刀を構える。
「遠慮はいいよォ?アタシも越えし者さぁ」
「あ、あたし…」
「男は嫌いなんだよォ、むさ苦しいからさぁ。アタシが好きなのは、苦痛によがり狂う女さぁ。ひひひひ」
漆は引きに引きまくっている。
冷や汗と脂汗が同時に出てきて止まらない。
「へ、変態さんだよぉ…」
もはや泣き出しそうな漆の震えた声。
それを聞いて紫の男は問う。
「あんたァ…本当に人を殺せるのかィ?すごぉく軟弱そうじゃないかァ」
「ま、まぁ…」
漆は作り笑いを浮かべ答える。
「ぼ、僕男ですし、見逃してくれませんかねぇ」
「駄目だよォ、よがり狂う女より好きな物があるんだァ」
「ど、どんな?」
男はクナイを指の間に挟み、顔の前で構える。
「血さァ…!あの流れる真っ赤な血が好きなんだよォ…!」
それを聞き漆は無表情になる。
瞳は無機質なガラスのように変わり、感情を表さない。
抑揚のない淡々とした声で漆は言う。
「奇遇だね僕も血が好きだ」
「ひひひひィ!そぉかい、あんたも血に飢えた影という訳だァ!」
「けど貴方とは気が合わなそうだね」
男は腰を折り、前傾姿勢をとる。攻撃体勢なのだろう。
「そんな事はどうでもいいさァ!早く…早くアタシにあんたの真っ赤な血を見えせておくれェ!」
地面スレスレを紫の弾丸が疾(ハ)しる。
それを馬飛びのように避ける漆。
飛び越える際、相手を見る。
…目が合った。
相手は仰向けのまま漆の下を通っている。
「ぎょっ!」
「ヒャハァアア!」
そこから右手のクナイを全て投げ放つ。
その数、おおよそ十数本。
漆は刀で∞を描き、全てを弾き飛ばす。
男ははそのまま進み、二人の位置は、最初と逆になる。
「…変わった動き」
「あんたもよく避けたねェ。アタシの『飛翔』と『忍技』に反応できたヤツは初めてだよォ」
そう言うと、男の体が浮き始める。
「それが貴方の『越えし力』なんだね」
「そうさァ」
どんどん体が上昇していき、軽く10メートルを越える。
「あんたの『越えし力』は何だィ?見せておくれよォ」
「……」
漆は右手をぐっ、と握った。そこに光のクナイが顕現化する。
「へェ、気の武器かいィ?」男は驚いたが、力に対する興味が強く、漆に問う。
「『気の顕現化』が僕の力だよ」
「いいねいいねェ、忍びには最高の力だよォ」