前編-6
「でやぁ！」
女は、ポロシャツの奥襟と胸倉をがっしりと掴むと、短い気合いとともに凄いスピード
でオレの身体を振り回し、踊り場の壁に叩きつけた。
（え！？）
自分の身に何が起こったのか全くわからなかった。後頭部を強く打ちつけたのか、視界
がグルグルと回転して足下が振らつく。オレはそのまま腰砕けになり、踊り場の壁を背に
ずるずると座り込んでしまった。
「あんた、大丈夫？ 気絶しちゃってない？」
自分で投げ飛ばしておいて、大丈夫も何もあったものではないが、オレの意識が失われ
ていないことを確かめた女は、バッグを下ろして傍らに置き、すぐ側に膝をついてしゃが
み込むと、俯いたオレの顔を両手で仰向きに持ち上げて、ゆっくりと覗き込んできた。
「こっち向いて、舌を出して…」
少し掠れた声で優しく命令されると、頭がぼぉっとしていたオレは、催眠術にかけられ
たかのように言いつけに従い、口を開いて舌を突き出した。女は、オレの顔を両手で支え
たまま引き寄せ、舌先を唇で吸い上げながら自分の舌をねっとりと絡ませてきた。
「あたしと、こういうことがしたかったんでしょう？」
顔を起こして、意地の悪い責め句を発した女の唇の表面に、グロスのものとは明らかに
違った潤いのある光沢がうっすらと浮かんで見える。オレは、どう応えていいのかわから
ず、睨みつけるようにこちらを見下ろしている女から視線を外そうとした。
「だめ、ちゃんとあたしの目を見て」
オレの目の動きを察知した女が再び命令を下す。鉛で詰まってしまったように頭の中が
重く痺れていて、抗うことができない。
女は、視線を戻したオレの顔を、再び両手で掴んで引き寄せると、今度はいきなり唇に
吸いついてきた。無理矢理にこじ開けるようにして女の舌が暴れ込み、こちらの舌に絡み
つく。そして、頬の裏側や歯茎の根元を這いずり廻りながら弄んでいく。
粘膜と粘膜が淫らに擦れて縺れ合い、混じり合ってどろどろに蕩けていくような感触が
重く痺れたオレの頭の中を支配していった。