前編-3
「あの、一緒に来てください!」
おぼろげな記憶をたどって感慨に耽る暇もなく、彼女はいきなりオレの左腕を掴んで、
店の出口の方に向かって強く引っ張った。
「ちょっ、何?」
不意を突かれて今度はこちらの方が転んでしまいそうになり、咄嗟に右脚を支えにして
バランスをとった。彼女は、なおも強い力で腕を引っ張り店の外へ突き進んでいく。何が
何だかわからなかったものの、オレは状況に流されることにした。
「こっちです」
腕を引かれたまま店の外に出ると、彼女は、身体の向きを変えてオレを先導した。覚束
ない態勢でバランスをとりながら辛うじて見上げた空には、西の方に暮れ残った弱々しい
光を追いやるように、星が瞬き始めていた。
「今度は、こっちです」
店を出て間もなく最初の信号に差し掛かると、彼女は道を渡らず再び方向転換して角を
曲がり、前にも増した勢いで突き進んでいく。乗り換え駅とは逆の方向に行きかけている
のに気付いたものの、オレは引き続き彼女に従ってみることに決め、やっと声をかけた。
「あの、もう引っ張らなくていいよ。一緒に行くから」
彼女が、何処へどういうつもりで、オレを引っ張って行こうとしているのかはわからな
かったが、何れにせよ、可愛い女の子と並んで街を歩くのは決して悪い気分ではない。
「どっちに行けばいいの?」
行き先の方向を尋ねると、このまま真っ直ぐ進んで下さいと返して彼女は立ち止まり、
掴んでいたオレの腕を離した。相手の身体と触れ合っていた感覚が遠ざかって少し寂しい
気分になったが、それも一瞬の出来事だった。