『幸せな笑顔』-5
あの日、あの後すぐに葉月の死を宣告された時、俺はどれほど絶望しただろう。それでも、自分がこの世で一番不幸だとか、もう生きている意味は無いとか、そういった考えが浮かばなかったのは、日菜美の存在があったからだ。母の死を嘆き、泣きじゃくる幼い子供をよそに俺がいつまでも悲しみに耽っているわけにはいかなかったし、それに、葉月の遺していった忘れ形見をなんとしてでも守っていかなくてはという強い想いがあったから、俺はあの悲しみを乗り越えることができたのだろうな。人はきっと、誰かを支えることで、同時に自分も支えられるものなのだろう。俺にとって、俺が支えるものであり、俺を支えてくれるものは日菜美だ。あのときも、今も、それは変わらない。きっとこれからも。
「日菜美、準備できたか?」
「うんっ。」
「よし、えらいぞ。」
一人できれいに服を着替えられた日菜美の頭をなでてやる。
「よし、じゃあ出発だ。」柔らかな春の日差しの中、俺達はゆっくりと歩いた。いつもよりちょっとおしゃれをして嬉しそうにしている日菜美の小さな手を握り、その柔らかさと温かさを感じる。日菜美が笑顔で俺を見上げる。俺も笑顔で見おろす。日菜美の笑顔、葉月に似てきたな。見ているだけで、幸せな気分にしてくれる。日菜美にむけた俺の笑顔も、そんなふうになっているだろうか。そっと、握った手の力を強くした。この笑顔をもう二度と失わないように…
葉月、お前が逝ってもう一年になるんだな。今日はお前に見せにいくよ。お前みたいに幸せな笑顔をうかべた、お前の娘を。
〜FIN〜