Purple target-5
(あの時・・・・押し倒されているのが自分だったら、なんて・・・・)
これが彼女自身警察への通報を躊躇わせている最大の理由だった。
あの時
周囲に助けを呼ぶこともできず、“その場面”を食い入るように見つめてしまったルー。
あの時小枝を踏むことがなければ、
ルーは恐らく最後の最後まで視線を動かすことができなかっただろう。
それは彼女自身、
息子を産んでから忘れかけ身体の奥底に封じ込めていた“疼きと熱さ”を呼び覚ましてくれるものであったから。
―――ジャアァァァ・・・
―――カチャ・・・カチャカチャ・・・
蛇口から勢いよく流れ出る冷たい水に両手を浸し、 手慣れた手つきで食器の汚れを取り除いていく。
洗われていく食器や皿から汚れがはじかれていく様をぼんやりと見つめながら、
ルールーは自分が考えてはならないことを考えていることを悟っていた。
(分かっている・・・分かっているからこそ、別のことを考えて忘れようとした)
その結果が、
ここ連日彼女の夢に現れるようになった“過去の情景”。
今まで封印し忘れたつもりになっていた情景だった。
(あれは忘れもしない、 ワッカがプリッツの遠征で島にいなかった数日間・・・・・)
ルーの眼前で勢いよく流れ出る蛇口の水飛沫に、
夢の中でルールー自身を悩ませてきた一組の男女の姿が、はっきりとした輪郭を伴って鮮やかによみがえってくる。
(一人きりで時間を過ごす為に、この砂浜にやってきた。
そして、彼に出逢った・・・・・)
(彼は私の痛めた足首を処置してくれ、私を背負ってくれた・・・・)