銀河の下で-1
旅行から帰ってきた日の晩。ケンジたちの寝室で龍とケンジが顔を突き合わせ、パソコンのモニターを食い入るように見ていた。
「何してるの?二人で、随分熱心ね。」部屋を覗いたミカが言った。「コーヒーでも飲む?」
「飲む。」ケンジが振り返らずに言った。
「僕も。」龍も言った。
「おや珍しい。龍がコーヒー飲むの初めてじゃない?」
「いけませんか?母上。僕がコーヒーをいただいちゃ。」
「別にいいけど・・・。で、一体何を見てるの?」ミカが二人に近づき、モニターをのぞき込んだ。「なっ!」ミカは大声を出した。
「いつの間にそんな写真撮ったんだ、龍。ちょっとやり過ぎだぞ。」
「何が?」
「真雪のヌードじゃない。」
「そうだけど。」
「何さらっと言ってるんだ。」
「だって、真雪本人が撮ってくれ、って言ったんだ。」
「そ、そうなのか?」
「うん。」
「しかし、お前ら、食い入るように見ちゃって・・・。親子してスケベなやつらめ。」ミカは大きくため息をついた。
「何言ってるんだ。写真のデキについて討議しているんじゃないか。」
「デキ?」
「この麦わら帽子の影をもっと持ち上げないと、暗くて表情が見えないぞ。」
「かといってさ、日中シンクロで撮っちゃうと、他の部分が明るくなりすぎて不自然だし、真雪の肌が白飛びするよ。」
「それもそうか。」
「やっぱりレフ板が必要だね、こんな時は。」
「そうだな、太陽光の下で撮る時はコントラストが強く出過ぎるな。」
「特に夏だしね。」
ミカが腰に手を当てて言った。「驚き。龍、いつのまにそんなに写真に詳しくなったの?」
「好きな被写体を美しく撮りたいっていうエネルギーが、僕をしてカメラの勉強を進んでさせる原動力になっているのですよ、母上。」
「なに気取ってるんだ。コーヒー淹れてくるから待ってな。」
「お前の好きな被写体ってのは真雪のことだな。」
「当たり前じゃん。」
「しっかし、よく真雪がお前にヌードを撮らせてくれたな。」
「だから、真雪が先に提案してきたんだって言ったでしょ。」
「にわかには信じられんな。」
「考えてもみなよ。僕が『ヌード撮らせて』なんて言ったら、一気に引かれるよ。って普通思うだろ?」
ミカがトレイに三つのカップと香ばしい香りのコーヒーが入ったデキャンタを載せて部屋に入ってきた。
「ミカ、この写真見てみろよ。」ケンジが促した。ミカは二人の背後に立ってモニターを見た。「どれどれ・・・。」
「ちょっと良くないか?」
「ほんとだね。真雪の表情がとっても自然でかわいいね。」
「これは、視線の先にいる人物を信頼しきっている目だ。」
「そしてその人に熱い想いを抱いている、って感じだよね。写ってない真雪の『想い』までちゃんと表現できてる。」
「雑誌のグラビア以上だ。写真展レベルだな。龍、お前いい写真撮るようになったな。」ケンジが龍の頭を乱暴に撫でた。
龍は照れ笑いをした。「真雪は最高の被写体だよ。僕にとって。もちろん、父さんたちに買ってもらった、あの一眼レフカメラのお陰でもあるけどね。」
「とってつけたように言うな。」ケンジが笑った。
「それにしても、」ミカがコーヒーのカップを龍とケンジに手渡した。「龍も真雪を呼び捨てにするようになったか。」
ケンジがコーヒーを一口飲んでから言った。「それに、なんか、口の利き方が随分大人びたように思えるんだが。」
「ああ、あたしもそれは思った。」
「あなたがた両親のお陰です。あの事件とこの旅行で、僕は一回りも二回りも大きくなりました。」
「お前を成長させた人がもう一人いるだろ?」ミカが言った。
「はい。最後に付け加えようと思っていました。真雪シンプソン嬢が、僕を心も身体も大人にしてくれた一番の恩人でございます。」
「そのシンプソン嬢、そろそろ風呂から上がる頃だぞ。」
その時、浴室の前の廊下から声がした。「ミカさん、上がったよ。お先に。」
「真雪っ!」龍は椅子を蹴飛ばして立ち上がり、どたどたと寝室を出て行った。