初めてひとつに-1
『オーク』の部屋のテラスに龍と真雪は肩を抱き合って立っていた。
「すごい!こんなにたくさんの星を見たの、あたし初めて。」
「僕も。」
「天の川まではっきり見えるね。」
「ほんとだね。こうして見ると、本当にミルキーウェイって感じがするね。」
「ゼウスの妻、ヘラのお乳が流れた跡、なんだよ。」
「へえ、そうなんだ。マユ姉物知りだね。さすがに。」
「たまたま知ってるだけだよ。」
「ヘラのおっぱいって、マユ姉のとどっちが大きいのかな。」
「またそんなこと言ってる。」
「おっぱいが気になる年頃だから。」
「気にし過ぎ。」真雪は笑った。
「もっと教えてよ、星の伝説みたいなの。」
「あれは、」真雪が天の川のほとりのひときわ明るい星を指さした。「ベガ。こと座の主星。」
「こと座?」
「そう。ベガは別名織女。」
「織女って七夕の織り姫のことでしょ?」
「そうだよ。龍くんも物知りじゃん。」
「たまたまだよ。」龍は笑った。「じゃあ、その反対にあるあれが彦星?」
「そう。わし座のアルタイル。牽牛星だね。」
「年に一度しか会えないんだよね。」
「そうだね。かつてのあなたのお父さんとうちのママと同じ。」
「毎年8月3日にだけ、二人は抱き合うことを許されてた、ってケン兄言ってたよね。」
「ロマンチックだよねー。」
「でもさ、」龍が少し小さな声で言った。「去年のハワイから帰ってきてからは、あの四人、好き勝手にエッチしてるみたいだよね。」
「知ってる。そんな気配がする。」
「不思議な大人たちだよね。」
「パパとケンジおじさえ、何か怪しげだもんね。」
「そうだね、時々冗談のようにキスし合ってる。」
「変な大人たち。」
「僕たち、その子どもだけどね。」
「ケン兄は今夜、ミカさんを抱かせてもらうのかな。」
「たぶん間違いないと思うよ。母さんはそんな人だ。」
「どんな人だよー。」真雪があきれて笑った。
「今頃、きっと隣の部屋では・・・・。」
「そうか、だからケンジおじ、こないだ伯母さんと甥の禁断の恋とか言ってからかってたんだ。」
「僕たちの家族って、なかなかすごい。」
「はたから見たら、超すきモノ一家だね。」真雪は笑った。
「確かに。」龍も笑った。
しばらく二人は夜空を見上げていた。
「マユ姉、」龍が静かに口を開いた。
「なに?龍くん。」
「僕、マユ姉を尊敬する。」
「え?尊敬?いきなりどうしたの?」真雪は意外な顔をして龍を見た。
「何て言うか、こう、とっても広い人だと思う。」龍は空から目を離さずに言った。
「広い?どういうこと?」
「自分の主張をちゃんと持ってるし、それを実行に移すし、僕みたいな未熟な人間をあったかく包みこんでくれるし・・・・。」
「言ってることがよくわかんないんだけど。」
龍は真雪の顔を見ながら言った。「マユ姉、動物の調教師になるんでしょ?」
「知ってたの?」
「うん。前にケン兄から聞いた」
「小さい頃からの夢だったからね。」
「すごいよ。ずっとその夢を信じて、しかも行動に移してる。」
「龍くんだって、写真への思いは熱いじゃない。中二でこれだけ熱中できることがあるなんてすごいことだよ。」
「ま、まあね。」龍は頭を掻いた。「僕ね、将来は写真家か、スポーツ記者になりたい。」
「何かきっかけがあったの?」
「去年のハワイで、競泳大会やったでしょ?」
「うん。」
「あの時の様子を撮った写真があったじゃん。」
「そうだったね、すごくよく撮れてたよね。」
「僕、誰が撮ったかもわからないあの写真の画が、ずっと頭から離れないんだ。」
「そうだったんだ。」
「中でも父さんを写した一枚が」
「あの写真は、確かに・・・。」
「僕、あんな写真が撮れるようになりたい。写っていないものまで見事に写し出したあんな写真。」
「きっと龍くんにだって、撮れるよ、そんな写真。」
「うん。ありがとう、マユ姉。」龍は真雪の頬に右手をそっと添えて、静かにキスをした。真雪は目を閉じた。