絶対やってみたいんよぉ-4
「こんなに早く電話もろうて、恐縮ですわ」監督はデスクの上の灰皿にタバコの灰を落としながらダミ声で続けた。
「ウチの本とビデオ見てもろて、出演してもええって言って貰えるんは、ほんま嬉しいですわ」
片付けものをしている小太りの女性アシスタントは、上機嫌な監督の電話を気にしながら、ちょっと不安な表情を浮かべていた。
受話器の通話口を手で塞いで「ええから、わかってる」そうアシスタントに言い放つ。
「お母さん、娘さん、なつ子ちゃんに直接確認したいんやけど、ええかな?電話代わってもらって」
また受話器を手で塞いで「これでええやろ、ちゃんと聞くから心配すな」とアシスタントに向かって苦々しく言い放った。
「あ、あの、なつ子です、はじめまして。よろしくお願いします」
「おお、なつ子ちゃんか、声聞くの初めてやったな、こちらこそよろしゅう。それでな、なつ子ちゃん、いや、ちゃんとかいらんな。なつ子は送った写真集とビデオ見てんやな?どうやった?」
挨拶だけかと思って電話を代わったら、感想まで聞かれてちょっととまどいながら「見ました、良かったです」と。
はきはき答えるなつ子に、「いやいや、そんなんやなくって、ほら、見たんでしょ?あれ、かなり、ごっつかったやろ? えぐいっちゅーか、そういうん、今度はなつ子がせなあかんねんで、撮影の時は、それでどうなんやちゅーことで聞いてるんやから」
監督の容赦ないちょっと意地悪であからさまな質問が、ちょっと砕けた調子で続く。
「写真集の子もビデオの子も、嫌々やっとるわけやないんやで、わかったかな?楽しゅう笑いながらやっとったやろ?」
「あ、う、うん、笑ろうとったよ、うちも笑ってできると思う」
「そうそう、その調子、あの子らはなつ子よりちょっとお姉ちゃんやけどな、なつ子も笑ってでけるか、よしよし、んーとな、お姉ちゃんたちなつ子よりおっきいけど、毛なかったのわかる? なつ子もな、オ・メ・コの毛、剃るの大丈夫かな?あかんかな?」
オ・メ・コと電話口で言われた事など初めてのなつ子は、写真集とビデオのシーンが頭の中でぐるぐる回転し始めて、
「うち、オ・メ・コの毛剃るの大丈夫、あかんことない」
自分の口からもオ・メ・コの言葉が飛び出してさらに興奮。
「それそれ、その調子でよろしゅう頼むわ、んじゃ、お母さんと代わって」
監督がアシスタントの方を振り返ってドヤ顔をすると、アシスタントは指でOKサインを作ってにっこり笑顔で安堵のため息を。
とりあえず母親と監督が予定をすりあわせて、事務所にカメラテストを受けに行くことが決まった。
少女ヌードのモデル探しはかなり難儀で、親が金目当てで子供にやらせようとするものの、子供が現場でグズったりふてくされたり、泣き始めたりと手を焼くことが多い。
それでも撮影ができれば結果オーライだが、脱ぐのを拒否されたらそれで全てが台無しとなる。
モデルの女の子が納得してそれでロケに挑まなければ、大きなリスクを負うこととなるのだ。
監督の手がける作品は、一般書籍とは違ってアダルト系の流通となる。
少女ヌードとはいっても、要はガッツリ裸と性器が写ってエロ要素が多くないと使い物にならないというやつだ。
そのため、露骨で下品な内容となるため、少女と言うよりは中卒の16歳以上のモデルが主力になってしまうことが多い。
「若い娘の真っ裸と、オメコが写っていなければ、誰も買わない」
これが監督のモットーである。
少女ヌードというブームに隠れて、合法的に儲けるためのポルノ裏街道みたいなもの。
そんな監督の過激なモットーを一緒に楽しんでしまう女の子が、ここのモデルとなって支えているわけで、なつ子に念を押すように質問を繰り返したのもそのため。
監督が舞い上がってチェックを怠ると、現場で困るのはむしろスタッフなので、小太りの女性アシスタントはしっかりモデルの女の子の意志確認をとらせることにこだわったのだ。
ごく普通のマンションの一室が事務所だった。
とはいえ、内部は統制の取れた乱雑さで、デスクの上には印刷物のゲラが散乱し、撮影機材が所狭しと置かれており、ここが生活スペースでないのは一目瞭然だった。
なつ子と母親が監督と対面したのは、ちょっと意地悪な電話のやりとりから1ヶ月弱後。
来月に温泉紹介撮影の仕事を受けたので、それに便乗して撮影できればいいかなと、話はまとまりつつあった。
監督としか電話で話していなかったが、小太りの女性アシスタントが事務所で出迎えてくれ、わずかながら抱いていた不安も解消したようで、業界裏話とかに爆笑するほどリラックスしていた。
「じゃぁ、これからなつ子のカメラテストしてみよっか?」
母親は早く買い物したくてウズウズしているようなそぶりを見せたので、監督が切り出した。
「ちょっとデパート回ってくるんで、その間によろしくお願いします」と、いそいそと事務所を後に一人で買い物へと出かけていった。
なつ子の付き添いというよりは、久しぶりの遠出のショッピングが母親の目的にすり替わっていたようだ。