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眩輝(グレア)の中の幻
【大人 恋愛小説】

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strawberry fields -2

 駅の近くにある公園まで歩いた。
 冬の間は噴水が止められ、池の水は濁ったまま、公園の灯りを反射していた。白く見えるのは、桜の花びらだろう。
 前を歩くのは、眩輝(グレア)に時折映り込んだ、課長の後姿。
 中ほどで立ち止まり、課長は私の方へ向いた。手にしていた記念の花束と鞄を地面に置いた。暫く俯いていたが、ようやっと口を開いた。
「君の事を好きだった。愛してたんだ。これは本当なんだ。偽りが無い真実なんだ」
 私は何も言わなかった。言えなかった。すべては過去の話だ。
「僕が君を愛していて、君に似合うと思って買ったマフラーだから、やっぱり君に返す」
 そう言って、課長は自分の首に巻いていたマフラーを外し、私の首にふんわりと巻いた。
 シェービングクリームみたいな、爽やかな課長の匂い、温もり、白い肌――。もう戻らない。視界が曇った。
「課長には、課長を愛してくれる人がいます。なのに、何故もっと欲しがったんですか。私は何も持っていない。課長しかいなかった」
 課長は俯いたまま静かに「うん」と頷いた。
「私はこれから、たくさんの人に愛されて、課長を見返してやる。そんな風に怒りが抑えきれないぐらい、課長を愛してたんですーー」
 曇っていた視界が半分開け、決壊した事を知らせた。春の冷たい夜風に涙が冷え、頬が凍える。
 課長の手が、私の肩に掛かったけれど、私はそれを払いのけた。

 後ろから、砂利を踏む音がした。誰かが近づいて来た。
 そいつは私の後ろから急に飛び出し、課長の頬を一発殴った。
 課長はよろめき、顔を顰めて頬をさすった。それでも顔は笑っていたのは、近づいてくる人物が誰だか分かっていたからだろう。

「神谷君、何で――」
「課長は愛する物がもうひとつ増えるのか。いいよな。幻想みたいな愛に付き合わされてた沢城さんには、なーんにも残らないんだ。課長がいなくなる分、減るんだぜ。フェアじゃないよな」
 課長は苦々しく笑いながら神谷君を見た。
「神谷君はスポーツやってたのかな。腕っぷしがいいね」
 神谷君から私に視線を移した。眼鏡の奥の瞳は細くなり、口角が上がった。この笑顔を、私だけに向けて欲しかった。
「沢城さん、僕以外にも、君を愛してくれる人がここに、いるようだね。安心したよ」
 課長は再び神谷君に視線を向けた。神谷君は鋭い目で課長を睨みつけたまま黙っている。
「僕は本当に沢城さんを愛していたが、少々欲張りすぎた。神谷くん、僕に負けないよう、彼女を、沢城さんを愛してやってくれ」
 地面に置いた、記念の花束を拾い上げ、課長は寮のある方に向けて歩き出した。

「だってさ。手前勝手な話なこった」
 彼は足元の砂を蹴った。蹴った後には土しか残っていない。
「さようなら、って抱き合って終わりたかったな。こんな風に壊れて行くのは想像してなかった」
 私も同じように、パンプスで砂を蹴った。ヒールの所に黒い線が出来た。
「でもね、少女のようで可憐でふんわりしていて優しい沢城みどりっていう幻想を課長に抱かせてたのは私。おあいこだよね」
 俯いて少し笑うと、神谷君は私の肩を叩いた。
「まあな。最後までバレなかったもんな。大したホラ吹きだよ」
 そう言って笑うので、私は手で涙を拭いて、笑い返した。
「ストロベリーフィールズの日本語訳、見た?」
 突然そんな事を言い出したので「忘れてた」と答えた。
 そう言えば「課長が言いそうだ」なんて言ったっけ。
「君を忘れない、でももういかなきゃ。すべては夢で本物はなにもない。ってさ」
 私は俯いて、最後の一粒の涙を見せまいとした。今度全部歌詞を訳してみないと。

「俺は沢城さんの本当の姿も、会社で見せる偽物の姿も、どっちも愛せる。課長より上だな」
 そうだね、と頷く。彼の横顔を見る。とても前向きな顔をしている。まっすぐな目をしている。「でもね」と私は口を開く。
「私は神谷くんを好きだけど、愛せるかどうか、まだ分からない。いや、好きだよ。でも課長と同じようにはまだ――」
 まだ分からない。好きである事は確かだ。クリスマスの夜、「好きだ」と言われて好きになってしまう魔法は、まだ効力を持っている。だけど――。
「流石に昨日の今日で『愛してます!』なんて言葉は期待しちゃいないよ。神谷君はしつこいけど、我慢強いの。いいんだよ、ゆっくりで」
 彼の横顔を見つめていると、靄が晴れたような、視界が開けたような、幻想から目覚めたような、そんな気分になる。
「愛なんてのはね、幻じゃいけないんですよ。目ぇかっぽじって目の前に見える現実じゃなきゃ、意味がないのだよ」
 そう、今まで課長を思ってきたのは幻。課長を愛した自分も、私を愛した課長も、幻。だけどそこにいる、前を向いてしゃきっと立っている神谷君は、現実。
「好きが、愛してるに変わったら、あのピックの予約を受け付けるから」
 そう言うと、神谷君は「やっほーい」と言って、あの淀んだ、少し桜の花びらが浮かんだ、暗い池に走って行って、飛び込んだ。大きな飛沫が上がった。
 まだオーケーした訳じゃないのに。私は苦笑しながら、鞄に入っているタオルハンカチを取り出し、彼の元へと走って行った。


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