嫁、襲来-2
涼子に誘われて、駅ビルに新しく出来た沖縄料理のお店に行く事になった。
定時に仕事を終えて外に出ると、田舎のおばあちゃんの家で蝉採りをしていた時の様な、少し優しい風が吹いていた。太陽に照らされている桜の葉が、その暑さゆえに何か、緑の香りがする物質を放っているのか、そんな匂いがする。
まだ八月。気温は高く、冷房対策の為に肩から掛けていた薄い水色のカーディガンをすぐに鞄に仕舞った。
「お待たせー」お化粧直しを済ませた涼子が走って外へ出てきた。
二人きりでご飯を食べに行くなんて凄く久しぶりの事だ。
以前はよく二人でサンライズに呑みに行ったものだが、ここ最近は課長との約束を優先するために、誘われる前に素早く帰宅の準備をする。
「久々だねー、ご飯なんて」
「そうだねぇ。最後は五月?神谷君と三人でサンライズ行ったもんね」
「だねー。神谷君は彼女が出来たようだし、最近みどりは帰りが早いし、私はさみしいよ、うん」
よしよし、と私よりも背が高い彼女の頭に手を伸ばし、撫でた。
「そう言えば、この前駅前で神谷カップルを見かけたけど、相変わらず神谷君は冷たい態度を取ってたよ」
「神谷君、ドSなのかなぁ」
アハハと二人で顔を合わせて笑ってしまった。あれはプレイの一環なのか。
駅ビルに入ると、過剰に冷房が効いていて、肌にまとわりついていた湿気が一気に冷えていくのが感じられた。鞄から、さっきしまったばかりのカーディガンを取り出して、肩に掛けた。
「あ」
涼子が声を上げたので、彼女の視線の先を見た。
課長だった。背が高く整った顔立ちでとても目立つ。その横に立つのは涼子ぐらいの背丈がありそうな、スラリとした気の強そうな美しい女性だった。
写真で見るよりずっと綺麗、そう思った。
二人は腕を組んで、何やら楽しそうに話をしていた。夫婦と言うより、恋人同士だ。
私は涼子の腕を掴んでエスカレータの陰に隠れた。
「何、どうした?」
「いや、奥さんと腕組んでる所を部下に見られるのも気まずいだろうと思ってね」
彼らが通り過ぎるのを待った。あの写真で見たより髪が長く、存在感がある、女の私から見ても「素敵だ」と思える人だった。
私の気持ちを占めているのは完全に「嫉妬」だった。背伸びをしても届かない、悲しい女の嫉妬。
課長が言っていた「腕を組んで歩いてた。僕は沢城さんとそういう事は出来ないから、ちょっと羨ましいね」という言葉が頭に浮かんだ。
そうだよね、奥さんとなら出来るよね。人に見られたら困る関係じゃないもんね。私は二番目。分かってる。分かってるんだそんな事は。分かっていて付き合っているんだ。
頭では分かってるんだって――いつの間に、涙で視界が曇っていた。すぐに鞄からタオルハンカチを取り出して、汗を拭くふりをして涙を拭った。
涼子が見つけてくれた沖縄料理屋さんは、紅イモのコロッケがとても美味しくて、他にも美味しいチャンプルーがあったし、もずくだって美味しかった。なのに頭はからっぽで、せっかくの美味しい料理を「美味しいねぇー」と愛でながら食べる事が出来なかった。
涼子は「どうした?何かあった?」と心配してくれたが、さすがに課長の話は出来なかった。
「何でもないよ」
そう言ってサンピン茶を飲んだ。