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眩輝(グレア)の中の幻
【大人 恋愛小説】

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神谷の一大決心-1

 課長は一週間の休みが明けて、私の後ろの席に戻ってきた。
 彼はいつも通り、私のグレア液晶の端に映り込み、反対側には家族写真が映り込んだ。いつも通りだ。
 なのに私は、いつも通りでいられなかった。
 あの日見た、課長と腕を組む女性。背伸びをしても届かない、私よりも数倍魅力的な女性。嫉妬をしても届かない。課長を掴んで離さないその腕。

 総務部へ書類を届けに行った帰り道、課長に会った。
「何だか久しぶりな気分だね」
 課長はいつも通り、銀縁の眼鏡の奥にある目を細め、口角を上げた。
「そうですね」
 だけど私はうまく笑えなかった。普通でいるための演技ならいくらでもできる筈なのに、この時ばかりは顔が、表情筋が、言う事をきかなかった。まるで見てはいけない物を見てしまった時の様に顔がこわばってしまった。
 私は一礼して居室へ戻った。


 居室にある在席表に「外出」のマグネットを二日分貼り付け、「じゃぁ研修行ってきます」という涼子の後でぺこりと頭を下げて居室を出た。神谷君は慌てて支度をしていた。
 ビジネスマナー研修という、泊りがけの研修がある。
 都内にある社の研修施設には宿泊施設が併設していて、そこで二日間、ビジネスマナーの基礎を学ぶ。
 関東近県の同期社員が一同に会すので、ちょっとした同期会のようで、同期の人間は浮き足立っていた。
 まぁ、自分を隠して生きている私としては、面倒でしかない。

 一日目は上司と部下の役をそれぞれ決めて身近なコミュニケーションの取り方を学んだり、他社からの電話対応などについて学ばされた。しかもそれをビデオ撮影して皆で指摘し合うとかもう――恥だ、恥。
 正直な所、入社三年目でこのような研修をしたところで何の得があるのか、さっぱり分からない。まぁ、それなりに過ごした。仕事をしなくていいと思えば、研修なんて楽な物だ。
 夜は立食形式で「同期会」さながらの会食だった。テーブルに並ぶ沢山のオードブルには殆ど手が伸びず、私は金魚の糞の如く涼子にくっついて周り、時々神谷君にちょっかいを出しに行った。本当に私の人脈は狭く少ない。
 この席でも神谷君は「特許部の子安さんと付き合ってるんだって?」と訊かれていた。その度に苦笑いをして返事をしていた。特許部の子安さんと付き合うだなんて、男性社員の憧れだ。神谷君は沢山の男たちの肘鉄を食らっていた。

 私は課長と奥さんに出くわしたあの日以来、あの情景が頭から離れず、何をするにも上の空という事が多くなってしまった。
 立食パーティの後にはお酒も出て二次会という話だったが、私は涼子に「部屋に戻るね」と告げて早々に宿泊棟へ戻った。
 神谷君が「二次会出ないの?」と訊いてきたが、「うん、戻る」とだけ言った。

 ビジネスホテルの様な作りの部屋に入ると、嫌がおうにも課長との会瀬を思い起こしてしまう。
 課長が横浜にいる間、私は彼の恋人だ。だけどあの一週間は、治外法権なの?課長の隣には列記とした「奥さん」が並んでいた訳で。

 枕元に置いた携帯がけたたましく鳴った。着信は神谷君からだった。
『今、部屋?』
「うん」
『ちょっと、行ってもいい?』
「うん、いいけど。四階の三号室」
 何の用事だろうかと思いつつ、着替えやら何やらで少し散らかった部屋を簡単に片づけた。



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