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眩輝(グレア)の中の幻
【大人 恋愛小説】

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秘密のデザート-2

 約束通りの十八時にカッペリーニというお店に着くと、課長が奥の席から手を振っていた。
 店内にはパスタが茹で上がる匂いやガーリックの香ばしい香りが広がっていた。イタリア料理だ。
「お疲れ様。どうぞ、座って」
 勧められて席に着いた。
「良くいらっしゃるんですか?このお店」
「いや、実は初めてでね。沢城さん達はどういうお店が好きかなぁって頭を絞った結果がこれなんだ、あまり好みじゃないかな?」
 課長は頭の後ろに手を遣り、首を捻った。
「あの、私イタリア料理大好きですよ。畏まったお店じゃなくて良かったです、本当に」
 これは本当だ。懐石とか、フランス料理とか、そんな所に連れて行かれたら私は一目散に逃げ出していただろう。課長のセレクトはかなりいい所を突いている。
 店長さんにお勧めを訊き、前菜とパスタ、ピザを頼んだ。後から「食後でいいので彼女に何かデザートを」と課長が言うのが耳に入った。聞いていない振りをした。
「課長、単身赴任されてるんですね。知らなかったです」
 前菜のサーモンを突きながら口火を切った。
「うん、青葉寮に丁度空きがあってね。僕、東北支社からの転勤なんだ」
「東北、ですか」
 あの、机の横の写真を思い出す。あれは東北のどこか――なんだろうか。
「課長の机の写真は、ご自宅ですか?」
 あぁあれね、と少し照れたように笑った。
「夢のマイホームと言うのかな、岩手なんだけどね。今造成中の新興住宅地の一角を買ったんだ」
「お子さん、まだ小さいんですね」
 丁度パスタとピザが運ばれてきた。ふんわりと湯気が顔にかかる。魚介とトマトソースのパスタ、アンチョビとバジルのピザだ。
「うん、上が5歳、下が2歳の時の写真かな」
 取り皿にパスタを取り分け、課長の目の前に置くと「ありがとう」と視線を寄越した。私は自分の分も分取し、フォークにパスタを絡めた。
「じゃぁパパがいなくなって寂しがってますね」
 パスタを口に運び、上目使いで課長を見ると、困ったような悲しむような顔で少し笑った。
「僕がいなくても妻が全部やってくれるからね」
 彼はピザに手を伸ばしたので、すかさず取り皿を目の前に置いた。
 こういう気配りも全て、あの男の一言から始まった。女だから、女らしく。周りを見て、先んじて。本来の私ではない。

「神谷君と竹内さんとは、同期入社なのかな?」
 急に身近な話題になったので、狼狽してフォークに巻いたパスタをお皿に落としてしまった。
「あぁ、そうです。三人同期で配属されたんです」
「仲良いよね。時々呑みに行ったりするの?」
 私はとびっきりの笑顔で「はい」と答えた。
「いいな。僕は横浜には知り合いなんていないから、そういう事も無いな」
 少し寂しそうな顔をした。家族からも離れ、知らない人間ばかりの中で仕事をしている課長が少し、気の毒に思えた。
「あの、私を誘ってください。私、甘いお酒なら沢山飲みますし。気軽に誘ってください」
 そう言うと、目を一杯に細めて口角を上げる、あの笑い方で「ありがとう、沢城さん」と囁く様な優しい声で言った。

 食事を終えると、デザートのチーズケーキが運ばれてきた。
「あれ?デザート?」
 知ってるくせに、私。
「僕からのサービス」
 大げさに見えなくもないジェスチャーで喜んだ。
「ありがとうございます、嬉しいです。課長は召し上がらないんですか?」
 僕はちょっと、と手を振った。甘い物が好きじゃないんだろう。
 いただきますと言って食べ始めた私の様子を、モルモットでも観察するようにニコニコしながら眺めている。
「沢城さんって、食べ物をとても美味しそうに食べるね」
「え、そうですか?」
 出されたものを残さないという自覚はあるが、美味しそうに食べるなんて誰にも言われた事が無かったので、少し、いや凄く嬉しい。
「うん、そういう人、僕は好きだな。それでいてガツガツしていない。そして気配り上手だしね」
「はぁ――」
「まだ時間は大丈夫?」
 二件目はお酒にしないか?と誘われた。
 一件目は課長のセレクトだったので、二件目は私が好きな「サンライズ」というバーを推薦した。
「一応これでも課長だからね」と言ってお会計を済ませてくれた。私はお礼を言い、サンライズへ案内した。
 六月下旬の空気は、夏を待てないとばかりに熱気がこもっていた。課長と私が並んで歩くというのは何だか変な気分だった。


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