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眩輝(グレア)の中の幻
【大人 恋愛小説】

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課長のお手伝い-1

「金曜はお疲れ様」
 出勤して来た涼子に手を上げた。
 涼子は爽やかな笑みをこちらに向け、鞄を机に置いた。
「二次会行けなくてごめんねー。ヒモがさぁ、家の鍵を忘れたとかでさぁ」
 涼子は女性にしては上背が高く、華奢で、美人な部類に入る。何をしても目立つ存在で、飾らない態度も非常に魅力的だ。そんな彼女は恋人を「ヒモ」と呼ぶ。ストレートだ。
「そういえばヒモ君、仕事見つかったの?」
 私も遠慮せずヒモ君呼ばわりだ。
「うん、楽器屋でバイト始めたみたい。空いてる時間にスタジオに入ってるらしいよ。働いてる時間と遊んでる時間、どっちが長いんだか」
 生活費の殆どは涼子が賄っていると言う。それでも彼を手放さない。惹かれる何かがあるのだろう。羨ましい。

 私は――大学時代は素のままの沢城みどりで学業もそれなりにこなし、バンドもやって、恋もした。
「お前には女らしさを感じない」卒業を前に、ある男にそう言われ、失恋をした。
 今の私がネコっ被りなのは、このせいでもあるのだ。
 目立たなくて良い、兎に角、女の子らしくしよう。入社と共にそう心に誓ったのだ。ある意味社会人デビューだ。演劇部にでも入れば良かった。なかなかの演技力なんだから。


「沢城さん」
 真後ろから声を掛けられた。
「何でしょう?」
私はキャスター付きの椅子をぐるりと回し、課長に向き合った。
「今度ね、本社の面々とちょっと面倒な会議があってね。その資料を作らなくちゃいけないんだ」
 ええ、と微笑む。
「隣のコピー室でひたすらレジメを作らないといけないんだけど、明日のそうだなあ、昼過ぎ三時ぐらいから、時間取れないかなあ?」
 課長はとっても控えめな言葉使いで私に依頼をした。異動してきて、まともに会話したことがなかったので、「こんな優しい声、話し方をするんだ」と好意を持った。
「ええ、その時間開けておきますね」
 少し首を斜めに傾け、頬を緩める。勿論、演技だ。
「助かるな。神谷君に頼もうとしたら『そういう仕事はマメな沢城さんが向いてます』って教えてくれてね」
 神谷君の席を見ると、会話を聞いていたのかPCのモニタから顔をあげ、私に向かって手を振る。神谷の野郎――。
「ええ、そういう単純作業、って言ったら変ですけど、そう言うの好きなので」
「ありがとう、良かった」
 そう言った後に、細いフレームのメガネの中から暫く見つめられたのでドキドキした。
 誰でも「この人に惚れそうだ」という直感というものがある。この瞬間、私はそれを感じた。瞳の揺れを悟られまいと、椅子を反転させPCモニタに向かい、研究推進部の請求書の処理に当たった。

「だから困るんですよ、そういうの。そっちは品物が届けばそれで良いのかも知れないけどね、先方にお金を払うこっちの身になって考えてもらわないと困るんですっ!」
 涼子の怒りの鉄槌だ。一日平均一回は確実にある。本心むき出しの涼子はサバンナのハイエナの如く、強く美しい。
 だからって何でヒモ君を引き取っているのか、不明。


「神谷君、特許部の子安さんに告白されて、断ったんだって?」
 定食を乗せたお盆をおおざっぱにテーブルに置いたので、涼子のお味噌汁は器から少し零れた。
 社内の恋愛情報は光の速度で伝わるものだ。涼子が仕入れてきた情報に、神谷君はカレーにガッつきながらモゴモゴ何か言っている。
「は?」
「断った」
 何もなかったかの様にカレーを口一杯に詰め込んで、麦茶で流し込む。
「何でよ、あのような美人を」
 特許部の子安さんと言えば、研究部門で三本の指に入る美女だ。彼女をみすみす逃すとは。
「何で断ったの?」
 私はワントーン高い声で訊いた。
「人は見た目じゃないからねぇ」
 チラリとこちらを見遣った神谷に麦茶を浴びせてやろうかと思ったが、やめた。ここは会社だ。



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