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眩輝(グレア)の中の幻
【大人 恋愛小説】

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本当の私と神谷君-2

 朝、目が覚めて、まだ眠い目をグチャグチャにこすると、人差し指の側面にアイメイクがこびりついた。
 メイクをしたまま寝てしまうとは何事だ――。
 なぜ私は居酒屋からここにワープを?どこでもドア!ネコ型ロボット?
 現状把握の為に周りを見渡すと、ベッドの下で、神谷久志が小さく丸まってコートを被り、眠っていた。
 慌ててベッドから降りて彼の傍に膝を付き、肩を揺さぶって起こす。二日酔いの為か、頭に鈍い痛みが走る。
「ちょ、まだあれだから」とか、彼はむにゃむにゃ言っていたが、容赦なく頬をビョーンとつねって起こした。彼は幾度か瞬きをしながら少しずつ目を開けた。左頬を抑えながら顔を顰めて「イテェ」と呟く。
「どの部屋まで行った?」
 問いただす私の声には少しの苛立ちが混じった。
「あっちの部屋まで、全部。誰か、男とかいんのかなーと思って」
 あぁ、やってしまった。ここまで隠し通して来た私の秘密を。
「あと、飲み物探しに冷蔵庫も」
 オイ、ヨネスケか。
 何だか頭がクラクラして来て、両手で側頭を抑えた。何なんなだよ、もう。
「お前、女らしい奴だと思ってたけど、あれって全部、猫被ってんのな」
 よっこいしょ、と口に出して身体を起こした。
 傷口に塩を塗るような事をヘラヘラしながら言ってのける神谷久志が腹立たしくて、でも前日呑みすぎたのは私のせいで、怒りのぶつけようが無かった。
「ビール飲まないって言ってたしさ、何かいつもフワフワした服とか小物持ってるし、もっとファンシーな部屋を想像してたよ」
 私はいつもより1オクターブ低い声で、「悪かったね」と言った。
「目の周り、ゴスロリ」
 さっき擦ったアイメイクの事を指摘され、ドレッサーに置いてあった拭くだけシートでアイメイクだけ拭った。
「いいんじゃないの?シンプルな部屋でさ。俺は女性がこういう部屋に住むの、嫌いじゃないね。ゴテゴテしてるよりよっぽど――」
「社内には漏らさないでよ」
 神谷君の胸ぐらを掴みかかる勢いで、若干凄みのある口調をもって詰め寄った。
「絶対だからね。涼子にも話さないで」
「あ、俺と沢城さん二人の秘密?楽しくなってき――」
「楽しくない!」
 一喝した。
「で、何で朝までいたの。送って来てくれた事には感謝してるけども」
 明らかに私の失態だった訳で、だけど送り届けたらすぐに退散すれば良かったのに。
「いやだって、鍵、閉めて行けないじゃん。俺、沢城さんちの合鍵持ってないしー。そうそう、それを探しに向こうの部屋まで行ったんだよ」
 あ、そうか。鍵閉められないか。オートロックもないこのマンション、一応、私の事を思っての行動だったのか。
「で、冷蔵庫には合鍵は入っていたかい」
「ビールを――一本いただきました」
 バツが悪そうな顔をしつつも目がヘラヘラと笑っている。こいつは――。
「とりあえず――ありがと」
「ユアウェルカム。朝飯ぐらいご馳走してくれんだろ?」
 厚かましい事をコイツは、とは思ったが、ゲロを吐いて醜態を晒した私を家まで送り届けてくれた恩を仇で返す事はできない。

 とりあえずキッチンへ行き、朝食の準備に取り掛かった。二日酔いで、今にも内臓が全部せり上がってきそうになりながら、必死で耐えた。本当はもっと寝ていたい。
「朝ご飯もシンプルなんで。悪いけど」
 ハムチーズトーストに、プレーンヨーグルト、ホットコーヒー。
「部屋も、飯も、沢城さん自身も、実にシンプルなんですなっ」
 茶化す会話は完全に無視して、テーブルにお皿を並べた。いただきます、と手を合わせる。朝ご飯を拒否する胃の中に、何とかパンとヨーグルトをコーヒーで流し込んでいく。
「お前、何で会社で猫かぶってんの?」
 神谷君はパンを半分に折って、齧りついている。
 ゴクリと私はコーヒーをひと口飲む。底の方に挽いた豆のかすが沈殿しているのが見えた。
「私みたいに個性のない人間はね、女らしく静かにしてる方が何かといいんだよ。上司ウケもいいし、縁の下の力持ち的な所に自分の存在意義を見出してるんですー」
 神谷君に話す事ではないと思いつつ、秘密を知っていてくれる人が一人ぐらいいるのも、何かあった時にフォローしてくれるかもしれない、とポジティブシンキングに転じた。まあ、猫を被っている理由は他にもあるのだが――。

 私の部屋は一見、男の部屋の様にシンプルで、飾りがない。色はモノトーンだ。音楽が好きでオーディオ機材に拘り、その横にはギターが二本と、VOXのアンプが置いてある。
 神谷君が合鍵を探すために覗いた冷蔵庫には、大量の缶ビールと、缶チューハイが鎮座ましましている。
 日頃会社で見せる私の姿からは、想像できなかっただろう。
「へえぇ、女って大変なのなー」
 ふんふん頷きながら、ホットコーヒーをズイっと啜った。
「お前ん家のコーヒー、うまいな。豆から挽いてんのな。また飲みに来てもいい?」
「どうぞ、コーヒーぐらいいつでも」
「うしっ、ご馳走様!」と元気な声で挨拶をして、椅子に掛けてあったカーキのコートをサッと羽織ると鞄を手に玄関へと歩いて行った。
「あの、本当どうもありがと」
「気にすんな、また美味いコーヒー頼むよ」
「うん」
 それじゃ、と言ってヒラリと後ろ手にあげてエレベータホールへ向かって歩いて行った。
 ホールの前まで辿り着くと振り返り、叫んだ。
「そのままのお前もいいと思うんだけどなー、俺は」
 ニヤリと笑った。とても腹の立つ、それでいてどこか憎めない笑い顔に、私は無言のまま顔を俯けて手を振った。赤面を悟られない様に。

 その時から神谷君は、私の本当の姿を知る、社内では唯一の男になった。


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