牛乳-1
大きくため息を漏らし、肩と首を回す。軽いストレッチだ。
目の前にあるノートパソコンにはワープロソフトが開かれていて、その枚数はすでに五十枚以上を越えている。今開かれているページもまもなく終わる所だった。
パソコンの右下に表示されている時計を見ると、午前二時を迎えようとしていた。あれこれ六時間以上パソコンと向かい合っていた事になる。
どうりで眼と肩と首がおかしいはずだ。またため息を漏らすと、お腹がぐぅと雄叫びをあげた。パソコンに向かいながら、ちょっとずつ飲んでいた紙パックのミルクティが夕食の代わりになっていたので、お腹がすいてしまったのだ。
僕は四つんばいで冷蔵庫まで移動し、冷蔵庫の扉を開ける。一瞬冷気が部屋になだれ込むが、すぐに常温に戻る。冷蔵庫の中にはほとんど物が入っていないも同然だった。ただ、唯一入っているのは五百ミリリットルの紙パックの牛乳。
好きこのんで牛乳を飲んでいるわけではない。背が低い僕にとって背を伸ばしたい一心で毎日飲んでいるのだ。それが大学四年生の卒論を書いているこの時期になってもまだ続いている。
お腹をまぎらわすのはそれくらいしか無いので、仕方なく冷蔵庫からそれを取り出し、パックの口を開ける。そして口に運ぶと、一気に口の中に流れ込んだ。急な出来事で、とりあえず飲み込んだけれど、思わず咳をしてしまった。それと同時になぜか、昔のことが思いだされた。
僕達の小学校は給食に、ビンの牛乳がついてきていた。もちろん僕は背をのばしたいから、牛乳は残さなかった。
ただ僕はいつも牛乳を二本飲んでいた。隣の席の女の子――幸島凛(ゆきしまりん)が牛乳が苦手だったらしく、いつも僕にくれたからだ。牛乳が好きだと思ってくれたのかもしれない。
学年が上がるにつれて、僕は彼女を意識し、そして、いつの頃からか彼女の事が好きになっていた。小中と一緒だったのけれど、結局告白なんて僕には出来なくて、彼女とは別の高校に進学した。ただ、メールのやりとり程度の交流はしていた。
ある時高校で仲良くなった葛山孝信(くずやまたかのぶ)と彼女と僕とで遊ぶことがあった。葛山は僕が彼女を好きなことを知っていたから、背中を押してくれたのだ。だから、僕は告白したが、まあ結果だけをいえばダメだった。それから彼女からのメールやら電話やらを気まずくて無視してしまったことで、彼女とは疎遠になってしまった。
これまで生きてきた中で最悪の思い出。自らを嫌悪感を抱かせる最低の思い出。だから、僕は大きくため息をまた漏らす。
時間を再び確認しようとすると、携帯から音楽がワンコーラス流れた。どうやらメールらしい。
こんな時間に誰だよ、と悪態づきながら、確認すると、葛山からだった。
『今度久しぶりに会わないか?』