牛乳-2
※※※
「よう、久しぶり!」
葛山は高校と何一つ変わっていない。耳に掛かる程度の真っ黒の髪、銀のフレームの眼鏡。何も変わらない。ただ、休みだというのに、ノーネクタイのスーツを着ていたという点以外は――――。
だからというわけではないけれど、日曜日のファミレスには浮いているような気がしてならなかった。
「おう、久しぶり。そのスーツどうしたの? 今日休みだよね?」
僕のその問いに葛山は苦笑いを浮かべた。
「まあ、スーツを着てたほうが楽になっちまったんだよ。参ったなぁ」
葛山は高校卒業して、すぐに就職。そこまでは、知っていた。だから、しばらく互いの近況報告をした。僕が今卒論を書いている事、葛山が事務から営業に回された事等々、話は尽きなかった。
一時間くらい話しただろうか。ふと葛山の表情が曇りだした。互いの近況報告をするために、僕を呼び出したわけではないと思っていた。近況報告だけならば、メールや電話だけで済む。わざわざ会って話すことはない。ならば、他に理由があるはず。
「お前さ……」
僕に呼び掛けて葛山の視線が下に落ちた。その行為は僕には迷っているように見えた。言おうか、言わざるべきか。そんな風に――――。しかし、すぐに顔を上げ、そして言葉を紡いだ。
「……凛のこと憶えてるか?」
「う、うん。憶えてる」
歯切れ悪く僕は答えた。先日思い出したばかりだし、忘れたい過去の一人なのだ。忘れたくても忘れられない。
「あいつさ、結婚したって」
一瞬の沈黙。ファミレスの商品を紹介するBGMだけが流れていく。
「……へぇ。凛ならきっと似合っただろうね。ウェディングドレス」
誰か写メくらい撮っといてくれるよね。その言葉を飲み込んだ。忘れようとしている僕にこんなこと言う資格はない。
「結婚式はまだあげてない」
止めとけ。お前が傷つくことは目に見えているだろう。耳元で誰かが言う。きっと僕の心の声なのだろう。また心の声が囁く。それでいいのか。だけど、僕はそれを聞こえないフリをして返事をした。
「……そうなんだ。凛は誰と結婚するの?」
「……よ」
「あ?」
葛山は雀が鳴くような声で言う。もちろん僕の耳に届かない。
「……だよ」
葛山はもう一度言うが、聞こえない。
「だから、誰だよ? 聞こえないよ」
僕はちょっとキレ気味に言葉を向ける。
「オレだよ」
その言葉が僕に突き刺さる。言葉が刃物だとするならば、心臓をえぐられ、全身に致命傷に至る傷を負うに違いない。
最初は冗談だと思った。葛山は冗談が好きだったから、また僕をからかっているのかと思った。だけど、こんなこと、人を(この場合は僕だけど)傷つけるような冗談は言わない。だから、本気ではないか、と悟った。
言葉が出なかった。どんな言葉を言えばいいのかわからなかった。ただ嗚咽しか出ない。
「……結婚式にさ、おまえにも出てもらいたいんだ。もちろん凛と気まずいのはわかる。ただ、オレと凛が出会うきっかけを作ってくれたのはおまえだからさ」
葛山が何を言っているのかわからなかった。いや、言いたいことはわかる。ただ、理解しようとしていないだけなのかもしれなかった。
その後、葛山は結婚式のことを色々教えてくれたらしいけれど、ショック過ぎて僕の頭には何一つ残ってはいなかった。