『桃色の旅』〜変態映画館〜-5
「本日は当劇場の『桃色の旅』にようこそお越しくださいました。それではただいまより上映を開始いたします。ゆっくりと深呼吸をして、体の力を抜いてリラックスしましょう。では、軽く目を閉じて……音楽が流れ始めたらあなただけの映画の始まりです。あなたの頭の中にだけ流れる映像をごゆっくりお楽しみください」
声に従って体の力を抜く。ゆったりとしたシートは眠ってしまいそうなほど気持ちいい。目を閉じると、ぼんやりとした何もない空間に可愛らしい音楽が流れ始めた。少しずつ何かが見えてくる。いや、実際は目を閉じているから、頭に浮かんでくる、と言った方が正しいのかもしれない。そして視界いっぱいに『桃色の旅』のテロップだけが大きく写し出される。映像は徐々に鮮明さを増し、水色の空をバックに大きな時計台と煤けた壁の校舎、それに広い運動場がはっきりと見えた。
学校。それはわたしが実際に通っていた中学校の風景だった。夕陽に染まった景色の中、大きなカバンを抱えた少女が正門から歩いて出てきた。吹き抜ける風が少女のおさげ髪を揺らす。どこか寂しげな顔がクローズアップされる。
「あれ、わたし……?」
それはたしかに、中学時代の自分だった。友達を待つことも無く、学校から一直線に続く大きな道路沿いの歩道を小走りに帰っていく。早く帰らなきゃ、またお母さんに叱られる。母親の声が耳元でわんわんと反響する。
『まったく、あんたは勉強以外なんにもできないんだから』
『ちょっとは家のことも手伝ってよ、あんたみたいな怠け者、ほんとは引き取りたく無かったんだ』
少女は大好きな母親に嫌われないために、家までの道をただ急ぐ。帰って、おかあさんのお手伝いを頑張って、お勉強も頑張って、たくさん誉めてもらいたい。ただ、それだけのために。
胸がシクシクと痛みだす。ずっと忘れていた、あの頃のこと。
両親はわたしが中学に入ると同時に離婚した。父親にも母親にも離婚前から交際している相手がいたのは知っている。当時はその意味もよくわからなかったけれど、ただ、どちらもわたしを『いらない邪魔な子』だと言って、親権を押し付け合っていたという話は母親からよく聞かされた。
『あんたさえいなけりゃ、もっと自由に遊び回れるのに。ほんとに馬鹿で気がきかない、どうしようも無い子だね』
学校から帰って、洗濯ものを取りこんで、食事の支度をして、掃除をして、へとへとになった体を引き摺って勉強もやった。成績は常に学年で一番だったし、家の中で特別にわがままを言った覚えも無い。それでも母親は、毎日厳しい言葉を投げつけた。
そんな母親のことが、どうしても嫌いにはなれなかった。まだ若く、綺麗に髪を巻いてお化粧をして、とってもいい匂いを振りまきながら男たちと夜の街へ出て行く母親に、少しでも愛してほしかった。
映像の中で、家に帰った少女は今日も母親に叱られている。
少女は母親が散らかした部屋の中を片付けながら、今日あった楽しいことを母親に話して聞かせた。
『ねえ、お母さん、今日は学校で隣の席の男の子とたくさんお話をしたのよ。松浦くんっていうの。なんだかとっても楽しくって、おしゃべりしているだけですごくどきどきしたのよ。こんなふうに思ったのって初めてで……』
母親が少女の髪をつかんで自分の方へ引き摺り寄せた。少女の顔が苦痛に歪む。酒臭い息が顔にかかる。すべての感覚がリアルに伝わってくる。