Misty room / from vanity-2
早朝の霧の中にいるような感覚だった。
気がつくと、私は湖に浮かべた小さなボートに乗っていた。
そこは見知らぬ場所だった。辺りを見渡す。ぼやけた霧の向こうに、うっすらと見える町並み。
私は一体何をしていたのだろう。
思い出せない。けれど不思議と不安ではなかった。
まぁ、そのうち思い出すさ。
ごろんと、一人用の小さなボートに仰向けになる。
耳に響くのは、遠くで魚の跳ねる音。
なんて澄んだ水。
なんて静かな場所。
なんて穏やかな時間。
どこかで忘れ去られた空間が、ここにはあった。
いつか置き去りにした日々が、ここにはあった。
けれど思い出そうとすれば、頭の奥、霧がいっそう強まり答えは出ない。
答えは、もうない。
「あなたぁ、ご飯よぉ」
ボートに向けて発せられる声。
そうだ、私は早く大きな魚を釣り上げなければ。
せっかくの妻の誕生日なのだから、いつもより豪華な晩餐を。
急いで竿を垂らす。
「もう少ししたら戻るよ!」
妻は優しい笑みを浮かべ、私の気持ちは満たされていく。
霧はまだ晴れない。
それはきっと晴れないだろう。
それはずっと晴れないだろう。
ギシッと竿が大きくしなる。
その手ごたえに、私の胸は高鳴った。
湖のほとりでは妻が見守ってくれている。
それはきっと素晴らしい。
いつまでも続く穏やかな日々だ。
Mistyroom/fromvanityend