男の気遣い-2
お酒もいいペースで進んだ。
高橋君は、酔って陽気にはなるけれど、酔いつぶれたりする事はなさそうだ。
私も同じような物だ。
そして煙草もよく吸う。話が替わると吸っていた煙草をガラスの灰皿に押し付け、新しい1本に火を点ける。とても旨そうに、目を細めて吸う。
空気の揺れで、煙草の煙が私に向かいそうになると、逆の手に持ち替えて煙をこちらへ寄こさないように配慮してくれる。とてもできた人だ。
話が途切れた所で、また新しい煙草に火をつけた。
ストラップがついた無骨なライターがテーブルに置かれる。
女性ものの、綺麗なビーズをあしらったストラップ。
考えてみれば、彼女からのプレゼントだとしたら、男物の無骨な物をプレゼントするだろう。こんな、どこからどう見ても「女物です、キリ!」なんて物をプレゼントして、付けてくれる男の方が少ない。
となると、高橋君の言う通り、彼女が勝手につけた、というのは強ち嘘ではないのかも知れない。
私の視線に気づいたのか、高橋君はライターをポケットにしまった。別にいいのに、出しておいても。
「ところでさ」
急にいつもの、真面目な、固い顔に戻った。こちらまで姿勢を正してしまう。
「何?」
「お前、まだ彼氏出来てねぇ?」
恐ろしい位の鋭い視線が突き刺さる。あぁ、この人怖い。顔も語り口も堅気じゃない。
「で、出来る訳ないでしょ、この1ヶ月でなんて」
その鋭い視線から逃げるようにして、お皿に残った鶏なんこつをひとつ、素手でつまみ、口へ放り込んだ。緊張して、口の中で軟骨が逃げる。
「出来たら、言えよ、俺に」
「ハァ?」
「いいから、言え」
憮然とした顔でそう言った。「あ、はぁ」と答えるのが精いっぱいで、その意味まで深く考えなかった。
お会計を済ませ、外に出る。もう7月を目前にしている夜の空気は、ちょっとした刺激で雨に変わるんじゃないかという位、湿度が高い。
居酒屋の中は冷房が効いていて涼しかったから余計に、この湿気が鬱陶しい。
高橋さんの家は駅から徒歩で帰る事が出来ると言う。
私は駅から2駅、電車に乗る。
駅前で「じゃぁ、また来週」と言い、手を振って歩き出した。
「おい」
不意に呼び止められた。
振り返るとすぐそこまで高橋君が迫ってきていた。
短くキスをされた。
訳が分からなくて、恥ずかしくて、体中の血液が顔に集まってきたみたいにホカホカしてきて、「何なの」ぽつりと言った。それしか言えなかった。
「俺も良く分かんねぇんだ。でも、こうしたくなった」
高橋君の頬も上気していた。
「好き、なんだと、思う」
そう言い残し、踵を返して駅の向こうへ走って行った。
私は暫く茫然とその場に立ち尽くしていた。
好き、だって?彼女がいて、それでも私を好きだって?冗談じゃない、そんな面倒臭い事に巻き込まれて堪るか。
そう思う自分がいる反面、ここ最近、高橋君の色々な面を目にして、実は少しずつ惹かれている自分がいる。
後者は決して表に出してはいけない自分だ、と思っている。
だけど相手に「好きだ」と口に出して言われると、何故だか自分も好きになったかのような錯覚に陥る。
錯覚であって欲しい。改札口に向かって歩き出した。足取りは重かった。
自宅に帰ると、携帯に中田さんからメールが着ていた事に気づいた。
明日はお茶するんだった。
時間と場所を確認し、シャワーを浴びてベッドに入る。
なかなか寝付けなかった。