契り-1
空襲で、毎夜のように、空は赤く染まり、
どこか遠くで火柱がメラメラと立った。
敵機が襲来して、爆弾や焼夷弾等を雨のように墜としていた。
B−29形という恐ろしい爆撃機は、キーンという耳をつんざくような音をさせ、
地上の闇夜をサーチライトで照射し、
グルグルと旋回しながら何処へと飛んでいった。
もし、その闇の中に人の影を見つければ、
別の小型機が嵐のような機関銃で鋲のように打ち付けてくるだろう。
その夜の攻撃の回数は数え切れなかった。
砲火が夜空を真昼のように明るくしている。
その時、ドカンと大きな音と地響がすると、
驚きながら慌てて家から飛び出した人々の顔に赤い灯りが反射して、
怯えた人達の恐怖の表情を照らしていた。
朱に染まった夜空には、
星条旗の印を付けた敵機が家の屋根をすれすれに、
それこそ舐めるように飛んでいくのが見えて恐ろしい。
しかし、戦争はそう長くは続かないと、
人々は薄々には感じていたが、誰もが口に出すことは出来ない。
そんなことを言おうものなら、
鬼より怖いと言う憲兵に連行されるという噂が、誠しやかに流れていた。
その街も例外ではなかった。
捕まれば、非国民と罵られ、命さえも危うくなることさえある。
それ程に、戦局が怪しくなってきたからである。
どの街も、そういう恐怖に被われ空気は寒々としていた。
皆は心の中で、この戦争が早く終わって欲しいと念じていた。
物資も満足に行き渡らず、その中でヤミのものが密かに売られていた。
どこにでも、そういう時にあぶく銭でもうける輩はいるものだ。
戦争は日増しに激化していく。
ラジオの放送は、アナウンサーが判で押したようにがなり立てる。
人々は、ラジオ放送の前にしがみついて戦況を聞いていた。
戦争が始まった頃の、あの高揚とした気持ちは今は誰も冷めていた。
雪子は、あの放送を聞いたのがいつだったか、
暫くは、思い出せないでいた。