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もうひとつの心臓
【大人 恋愛小説】

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28 志保-1

 目が覚めると、白い天井に丸い穴が規則的に並んでいるパネルが見える。蛍光灯。白いカーテン。消毒の匂い?
 病院か。そうだ、血溜まり。多分、流産したんだ。
 
 左右を見たけれど誰もいない。「先生、目が覚めました」みたいな感動的な場面はないのか。
「すみませーん、目、覚めたんですけど」
 大声て呼んでみたら、遠くの方から看護師と思しき人が1人「あ、ちょっと待っててくださいね」と手を振って見せた。
 手には点滴が刺さっている。点滴の袋には「止血用」と書いてある。あぁ、血、出てたもんね。
 天井を見つめて待っていると、その看護師がサンダルをパタパタ言わせて近づいて来て「今先生呼んできますのでね、気持ち悪いとか、お腹痛いとか、無い?」と訊くので「大丈夫です」と答えた。

「どう?気分は」
 覗き込んできたのは先生と言われる女性だった。名札に「斉藤」と書いてある。
「どうも何も、最低ですよ。流産でしょ?」
「ご名答。一応聞かせて頂きたいんだけど、お腹の周りも背中も、至る所に痣があったね。あれは誰にやられたの?」
「言わないとダメですか?」
「言ってくれると有難い」
 腕組みをしながら私の瞳をじっと見つめて離さない。
「彼氏」
「オッケー。じゃ、その彼氏と、あなたを助けてくれた恩人をこちらへお呼びしても宜しいかしら?」
 この女医、ふざけてんのかなぁと思うような喋り口調だ。でも悪い感じはしない。
「オッケー」
 彼女の口調を真似て言った。

 ドアの向こうで何やら話し声がして、明良と鈴宮君が入ってきた。
「志保っ――」
 明良がわざとらしくベッドに駆け寄り、椅子に腰かけて私の右手を握った。
 その後をとぼとぼと鈴宮君が歩いてきた。左頬に怪我をしている。十中八九、明良にやられたのだろう。
 女医はその様子を離れた所から腕組みをしたまま見ている。
「鈴宮君」
 私は極力明良の顔を見ずして彼の名前を呼んだ。鈴宮君はビクンとして「は、はい」と何故か固まっていた。
「こっち来て」
「は、はい」
 右手と右足が一緒に出そうな位、固まっている。明良がいるのと反対側に座った。鈴宮君の向こうには斉藤先生がいて、ニコっと笑った。
「あの、ありがとう。赤ちゃん助からなかったけど、私は元気だから。ありがとう」
 左の口角の絆創膏に触れようとして、やめた。明良が後にいるんだった。
「あぁ、んもう俺、どうなっちゃうかと思って、ごめん、混乱してきちんと救急車呼べたかも覚えてなくって。気付いたら救急車乗ってたし、ほら、男だから血とか弱いっつーかアレでさぁ。」
 早口で捲し立てる鈴宮君に笑いかけ、ゆっくりと「ありがとう」ともう1度お礼を言った。鈴宮君の顔が耳まで真っ赤に染まるのが分かった。
 きっと私の右側では耳まで真っ青にしている明良がいるだろうと思いつつ、お礼はきちんとしておきたかったのだ。
「俺、そろそろ帰るわ。明日無理しないで。会社には適当に言っておくから」
 そう言って鈴宮君は部屋を後にした。

 明良の方に向くと「志保」ともう一度呼ばれた。
「赤ちゃん、流れちゃった」
「うん、残念だね」
 目の色一つ変えないで表情だけ悲しそうな顔をする明良の演技には、慣れたものだ。
「本当は良かったと思ってるんでしょ」
 後の方で斉藤先生が大きなため息を吐くのが聞こえる。
「明良の考えてる事は初めから分かってたよ」
「そんな事ないよ、俺たちの子供だよ、残念だよ」
「私が独占できなくなると思ったんでしょ」
 もううんざりだった。この会話はきっと、どこまで行っても平行線だ。地球を1周してここまで戻ってくる。
「先生、いつ帰れます?」
 後にいる先生に聞くと、「もう帰って良いよ、薬渡すから」と言われた。スーツが汚れているから、タクシーで帰った方が良いとも言われた。
「明良、タクシー呼んでおいてくれる?」
「分かった」

 明良は部屋を出て行った。すると斉藤先生がこちらへ向かってきた。点滴を止めると、腕から針を抜き、四角い絆創膏を貼った。「押えて」と言われた。
 斉藤女医は、先程まで明良が座っていた椅子に腰掛け、こちらを向いた。
「一度DVのサイクルにハマってしまうと、抜け出すのは大変だから。彼が変わる事はまずないから。あなたが何とかして、彼への依存と、彼からの依存を食い止めないと、何も変わらないよ。赤ちゃんだって、もしまた妊娠できたとしても、また同じ事の繰り返し。あなたの身体にばかり負担がかかる。もう2度と妊娠出来ないような身体になる事だって考えられる。その辺考えて、彼との付き合い方を変えた方が良いと、私は思うの」
 とても冷静な声でゆっくりと、子供を諭す様に私の目を真直ぐに見て言った。私はそれに答えた。
「彼とは、小学校に上がる前に施設で出会ったんです。児童養護施設。そこからずっと一緒。お互いがいないと成り立たない、みたいな関係になっちゃってるんです」
 斉藤先生は、再度大きなため息を吐いた。
「あのね、人間は1人じゃ生きられないって言うけどね、2人でも生きられないの。色んな人が絡み合って生きて行くの。君たちの施設にも、先生いたでしょ?他にも友達いたでしょ?分かる?自分達だけの夢の世界を作ってそこでオママゴトがしたいなら勝手にすればいい。だけど1人の人間として社会と関わって生きていきたいのなら、2人だけの関係なんて断ち切らないとダメ。今回の様に、全く無関係な人間を巻き込む事だって考えられるんだから。ま、これは私の持論だから、あなたがどう捉えるかは、あなた次第だね」
 彼に言っても理解は得られないかもよ、そう言い残して先生は部屋を出た。看護師さんが身体を起こしてくれて、「コレ、お薬なので」と飲み方を説明してくれた。裏に呼んであったタクシーで帰宅した。




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