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もうひとつの心臓
【大人 恋愛小説】

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27 令二-1

 駆け付けた救急隊の人に事情を説明し(と言っても痛がっていた、血が出ている、ぐらいの事しか言えない)、志保ちゃんの荷物を持って一緒に救急車に乗り込んだ。
 近くの病院まで搬送される最中に「ご家族の方のご連絡先なんかは分かりますか?」と訊かれ、「親兄弟はいないんです」と答えた。俺は「同僚です」とだけ答えた。
 俺はあの場で、玉砕覚悟で彼女に告白するつもりでいた。そして諦めないと宣言するつもりでいた。それが、こんな形でお預けになるとは。何はともあれ、彼女の容体が心配だ。
 
 病院に到着し、担架が車内から運び出された。俺はそれを見送った。
「ここでお待ちください」
 救急処置室の廊下の長椅子を指さされ、そこに腰掛けた。
 志保ちゃんの携帯には宮川さんの番号が入っている筈。そこに連絡した方が良いんだろうか。
 迷った挙句、やめた。俺が関わる事で何か彼女に危険が及ぶのを恐れたからだ。
 とは言え、この状況じゃ、宮川さんと顔を合わせずに済むとは思えないのだが――。

 30分程で、処置室から医者か看護師か分からない女性が出てきて「ご家族?」と訊いてきた。違うと答えると「彼氏?」と言われ、何となく「は、はい」と言ってしまった。丸で大嘘だ。
 「じゃ、どうぞ」処置室の反対側にある小部屋に案内された。
 壁から冷たい空気が流れ出ているような、真っ白な簡素な小部屋で、レントゲン写真を張り付ける板の様な物と、小さな机、椅子が置いてある。
 「そこに座って」と椅子に座るよう言われた。対面に女医(胸に救急医・斉藤と書いた名札があった)が座った。
 
「結論から言いますと、流産です」
「は?」
「りゅうざん、です。妊娠、知らなかったの?」
 医者は子供に言い聞かせる様に「りゅうざん」という言葉をゆっくり言った。暫く開いた口が塞がらなかった。
「は、はい、知らなかったで、すぅ−−」
 そうか、だからあんなに具合が悪そうにしてたのか。
「で、あなた、彼女に暴力を振るってる?」
 まさか、暴力でこんな事になったのか?というか、俺は彼氏という事になっているが、この状況では正直に話した方が良さそうだな。髪をぺたぺたと撫で付けながら、正直に言った。
「すみません、彼氏ってのは実はう、嘘で、彼女の同僚です。彼氏は、彼女の携帯で電話掛ければ繋がると思うんで、掛けてみましょうか?」
 女医は険悪な顔をして「嘘?んじゃ電話して。今の話は聞かなかった事にして」と言った。

 俺は志保ちゃんの携帯を使って、発信履歴の1番上にあった「明良」宛てに電話を掛けた。
 あぁ何で俺はあそこで嘘を口走ったんだろう。願望?
『志保?』
「あ、鈴宮です、すみません」
『は、何であんたが志保の携帯使ってんの?』
アンタってなぁ、なんだ。イラっと来た。
「あの、志保ち、玄田さん、救急車で運ばれたんです。今、市立病院の救急のとこにいるんで、すぐに来て貰えますか?」
プツッと通話が途切れた。「切れました」と女医に告げると「じゃ、すぐ来るでしょ。彼氏この辺の人?」「知りません」「顔見知り?」「はい」冷たい口調はまるで尋問だ。

「あの子が暴力を受けてたとかは知ってた?」
「あ、まぁ一応そう言うような事は聞いてましたけど、何でですか?」
 ここは只の好奇心だ。また何か「痕」でもあったんだろうか。
「お腹の周り、痣だらけ」
 女医は苦々しい顔をして胸ポケットから何かを出そうとして「あぁ」と呟いて手首をクイッと捻った。喫煙者なんだろう。
「じゃ、また廊下に出て、もし彼が来たらあたし、処置室にいるから、呼んでくれる?斉藤って言えば分かる。彼女は輸血も終わって、もう少ししたら目ぇ覚ますと思うから。」
 そう言って斉藤という女医は個室のドアをドンと開けて部屋を出て行った。俺は開かれたドアから廊下に出て長椅子に座った。宮川が来るのを待った。
 


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