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もうひとつの心臓
【大人 恋愛小説】

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16 明良-1

 あのカフェで見た、あいつだ。バーベキューコンロの向こう側で何やら作業をしている。
 志保が手を振ると振り返し、俺に会釈をした。俺も会釈をし返した。したくてした訳ではない。

 俺は営業の仕事をしている。初対面の人物と会話する事は苦手ではない。
 相手が話すくだらない内容から会話を広げていき、相手の心を開かせる事は、営業で重要なテクニックだ。
 今日の俺は完全アウェイ状態。それでもうまく立ち回ろう。そしてアイツに、鈴ナンタラに、俺と志保の関係は絶対である事を何とか見せつけて帰ろう。

 俺は特に役割を決められた訳でもなく、志保から手渡された缶チューハイを片手にぼーっと立っていた。するとアイツがやってきた。
「鈴宮」だったか。どうでもいい雑談をした。コイツもきっと、俺との話なんてどうでもいいんだろう。
 志保に好印象でも与えるために俺に近づいたか?知らんが。

 肉が焼けたと言われ、知らない女性から紙皿と箸を渡された。焼き網の隣にある、大きな皿からいくつか肉と野菜を紙皿に移した。
 志保の隣に行こうかと志保を探すと、その隣には鈴宮が立っていた。
 何やら親しげに話していると思ったら、志保が鈴宮の身体に肩を押し付けた。
 俺はぞっとした。全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。
 よろめいて尻餅をついたアイツに志保は手を貸し、アイツがその手を握っている。
 目の前の光景が嘘であって欲しいと思った。
 あの白く細い腕に触って良いのは俺だけだ。志保の身体に触れていいのは俺だけだ。
 俺が独裁者ヒトラーだったら、間違いなくアイツを、鈴宮を、1番初めに公開処刑でぶっ殺してやる。

 志保の上司が何やらくだらない話を俺に振っていたが、適当に答えてやった。
 志保はその後、クーラーボックスから新しい缶チューハイを持って俺の横に来た。
「はい、もう呑み終ったでしょ?」
 空いてるチューハイの缶と引き換えに、冷えたチューハイを手渡してきた。この白い手に、アイツが。
「暫く俺の傍を離れるな。」
 耳元に顔を近づけて、小さな声で囁くと、志保は耳まで赤くして頷いた。こんなに可愛い志保を誑し込みやがって。

 その後、再び上司が近づいて来て、結婚はしないのか、子供はいいぞ、と、絵に書いたような上司的な説法を垂れて行った。
 志保の先輩に当たる女性がビールを持って来た。
「彼氏、かっこいい人だね」
「えぇ、自慢の彼です」
 言葉なんて曖昧だ、何とでも言える。俺は嬉しくも何ともなかった。ただ、営業スマイルでニコニコする事だけは忘れなかった。
「美男美女で羨ましいなぁ」
「先輩はお付き合いされてる方、いらっしゃらないんですか?」
「いるけどね、なーんか小汚いと言うか、もう少し落ち着いたらいいのにって感じの奴だから、今日は連れて来なかったんだけど。」
 そうなんですか、と志保は笑っていた。
 志保も俺と同じ。興味が無い話でもうまい事流せる奴なんだ。
 施設にいた時からそうだ。時々視察にやってくる役所の連中と、どーでもいい話を延々していた事があった。
 いい加減長すぎると思い、途中で引きずって部屋に戻らせた事があった。

 俺はその後も営業ニコニコスマイルを顔にべったり貼り付けて、格好良くて優しい彼氏を演じ続けた。
 途中であの鈴宮が再び近づいて来たが、志保を抱き寄せて頭を撫でてやると、奴は途中で引き返して行きやがった。
 志保は「急に何?」と訝しげな顔をして眉を寄せたが、そんな事はどうでもいい。


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