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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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人狼の族長-1

 こめかみにピクピク血管を浮き出させる公爵を、ヴァリオはしごく冷ややかに眺めた。
 イスパニラの軍装をまとっているのは、この国に溶け込むために仕方なくだが、逞しい体つきと歴戦を 潜り抜けた者だけがもつ威圧感のせいで、ギスレよりよほど似合っていた。

「さっさと用件を言え」
「……」

 公爵の問いに、ヴァリオは軽蔑の薄笑いを浮べただけで答えようとしない。

「とにかく、貴様達との関係を知られれば、せっかくの名案が台無しに……」

 公爵の文句は、そこで永遠に中断された。
 大口を開けた顔へ閃光が走り、上顎と下顎が分断される。床に敷かれたラグの上に、跳ね飛んだ頭部が一度バウンドして落ちた。

「これが用件だ」

 短い一言を死者に投げ、ヴァリオは重厚な長剣を鞘に納める。
 基本的に人狼の武器は己の爪と牙のみだが、人間に紛れ込む必要もあるから、剣術も一通りはたしなむ。人狼の身体能力なら、たしなむ程度でも並の剣士以上だ。
 特に今は、人間の仕業に見せかける必要があった。
 部屋から出ようとし、死体をふと振り返ってヴァリオは低く笑う。

「そうそう。貴様の言う『名案』だがな、あんなものは成功するわけがない。貴様が王になれるなどというのも……くくっ、ありえんな」

 ヴァリオの秀麗な額には、深い刀痕が横に走っている。
 数年前、フロッケンベルクの王ヴェルナーに斬られた傷だ。
 人狼は非常に生命力が強い。少しの怪我なら、傷跡すら残らず一晩で癒える。
 しかし、魔剣で付けられた傷は瞬時に凍りつき、今も消えない屈辱の痕跡となっている。

 族長となった直後、もう少しであの国を攻め落とせたはずなのに、土壇場で悪魔のような奇策を打たれ、一気に逆転された。
 忌々しい「姿無き軍師」の仕業に決まっている。
 あれから人狼は故郷までも追われ、さんざん辛酸を舐めさせられたのだ。
 だが、流浪の旅も終わりだ。

 ヴァリオは今回の報酬として、人狼一族の住処になれるだけの土地と、相当の金貨をギスレに要求した。
 土地はギスレが現在すでに所有している領地の一部で、人気の無い山奥だ。
 前金でどちらかをよこせと言うと、案の定ギスレは土地の方を渡してきた。
 いずれは人狼も処分するというギスレの考えなど、見え透いている。金貨は使ってしまえば回収できないが、土地のほうは回収できると踏んだのだろう。
 しかし、人狼たちが本当に望んでいるのは自分達の安住の地だ。金貨など意味を成さない。食べ物も着る物も奪うだけだ。
 生きるために最低限あればいい。

 ヴァリオは架空のイスパニラ貴族の名を有しており、土地はすでに金銭で正式に売買された事になっている。
 これさえ済めば、ギスレは用済みだ。
 一族の女子どもは、すでにかの地に渡っている。

「ご丁寧に貴様自身が全ての証拠をひた隠ししてくれた。誰も辺境の土地を買った男など、疑いはしない」

 かりそめの契約者に投げかけた言葉はそれで最後だった。長身を翻し、ヴァリオは部屋を出る。



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