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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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赤の王族-4

 扉の向こうで、兄が全身から怒気をわななかせているのを感じ、ギスレ公爵はほくそ笑む。
 公爵は普段、自分の領地にある豪奢な城で暮らしているが、王都に滞在する時のために、王宮近くにある高級住宅街へ邸宅も持っている。
 たるんだ腹をゆすりながら、自身がデザインした金色の馬車に乗り込んだ。
 血のように赤い落日が、豪華なかぼちゃに見える馬車へ拡散し、不気味で滑稽な道化の帰路のように見えた……。

 その夜。日付が変わる直前の時刻だった。
 けばけばしく賑わう繁華街の喧騒も、高級住宅街までは届かず、静かな夜の静寂にはときおり犬の遠吠えが混じるくらいだ。
 数々の美術品を飾った客間で、ギスレ公爵は夜中の無礼な訪問客と対峙していた。
 芸術家を自称する公爵はこの客間が自慢だった。だが置かれている絵画や彫刻は、どれも名品なのに一貫性が無く、ただごちゃごちゃ置かれているだけに見える。
 素晴らしい素材を台無しにするという点についてだけは、公爵は天才だった。

「一体、何の用だ。ソフィアを殺して他の兄弟を投獄するまで、ここには来るなと言っていただろう」

 自分では重々しいと信じている態度で、安楽椅子にそっくりかえり、公爵は訪問客を睨んだ。
 向かいに腰掛けている男は、三十代の前半といったところだろう。
 逞しい長身で、イスパニラ軍の中隊長の軍服を着込み、黒髪の秀麗な顔立ちには、剽悍さもあいまって十分な貫禄がそなわっている。
 人狼族の族長、ヴァリオだった。

 たとえ昼間であっても、このおぞましい生物に敷居をまたがせたくないが、断るだけの勇気も持ち合わせていなかった。
 王の目の届かない植民地では、好き放題に羽根を伸ばしているが、ギスレの根はとことん小心者である。
 胸中に野心はくすぶっていても、実際に王座を狙う度胸はなかった。
 人狼族の族長が、そのくすぶりをたくみに煽り立てなければ、永遠に燃え立つ事はなかっただろう。
 人狼達には王都での滞在用に、郊外の古い屋敷を一軒、買い与えてある。
 姪を殺し、その罪を甥たちに被せようとする陰謀を、ギスレに恥じる気持ちはなかった。
 もとより肉親の情など、歴代のイスパニラ王家にとって綿毛より軽い。
 自分を見下す兄も、自分より高い評価を得ている甥や姪たちも、憎くてたまらなかった。

 人狼達が彼らでなく自分へ声をかけてきた事は、公爵の自己愛をたいそう満足させた。
 それはまたたくまに過剰に肥大化し、もはや向かうところ敵無しという気分になっていた。
 姪と甥たちを始末したら、人狼をさらに使い、兄王さえも殺してやるつもりだ。
 そして王座についた暁には、イスパニラ正規軍を使い、この薄気味悪い人狼どもを始末する。
 そうなれば、誰に後ろ暗い部分を知られる事もない。名実共に、俺が大陸の覇者だ。

 俺は不当な評価を受けている!ギスレは胸の中で叫ぶ。
 知力も才覚も、俺は素晴らしいものを持っている!
 フロッケンベルクを恐れ嫌っている兄に、王子達があの国と手を組んでいると、嘘を吹き込んで動揺させてやった。
 ほら見ろ。すっかり息子たちを疑い出したぞ。
 俺は、姿なき軍師にだって匹敵するほどの策士だ。
 周囲の奴等が俺を妬み、正当な評価をしないだけだ!

 その叫びは誰にも聞えなかったが、もし聞えたとしても、失笑くらいしか得られなかっただろう……。



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