人狼族の裏切り者(注意、性描写あり)-9
「なぁルーディ。『友人をつくる。』というささやかな事が、王にとっては案外難しいのだな」
ある年、ヴェルナーがふとそんな事を言った。
鎮静剤の研究が煮詰まっていたルーディを、やや強引に魚釣りへ連れ出した時のことだった。
まだ寒い季節だったが天気は良く、冷たい水の中で魚達が元気に泳いでいた。
なかなか餌に喰いつかない魚たちに、いっそ狼になって直に取ってしまおうかと思いつつ、ルーディは尋ねた。
「ふぅん。他の国ならともかく、フロッケンベルクは特にそうだろうな。ここの民にとっちゃ、王は神さまも同然だし。……なんかあったのか?」
「神さま、か……」
ヴェルナーが苦笑した。
「実は今朝、昔の友人に会ったんだ。学生時代は机を並べて勉強し、何でも話し合った相手だ。彼の父が亡くなり爵位を継いだと挨拶に来てね。……子どもの時とはいえ、王を友人扱いなどして申し訳なかったと、彼に謝罪されたよ」
「……へぇ。忠実な家臣ってわけだ」
「ああ。王と友人は兼業できないらしい。まぁ、今に始まった事ではないのだが……」
ぼんやり釣り糸を眺めながら、フロッケンベルクの若い王は寂しげに呟く。
チラリと、その横顔にルーディは視線を走らせた。
ヴェルナー王はすでに、歴代の王で最高の名君として国民から認められている。
領土をむやみに増やしたりはしないが、外交も内政も見事にこなし、どんな飢饉の年にも一人の餓死者もださなかった。
だが親しかった友人たちは、ヴェルナーに好意を存続させても、彼が立派な王になればなるほど、どこか一線をおいて接するようになってしまった。
大陸全土に知れ渡っている有名な事実だが、フロッケンベルクの国民達は、国王への忠誠心が忠犬のごとく厚い。
よってフロッケンベルク人を嘲る時は『北国の狗』となるくらいだ。
極寒の不毛な領土で、国民に生活の糧を与え、仕事を与えるのが、フロッケンベルク王の役目だった。
彼らに恩恵を与える引き換えに忠誠心を受け、それを次の糧へと繋げる。
国王はいわば全国民の養い親であり、要となる柱で、命綱だ。
そんな守護神にも等しいと崇める主君を、同時に対等な友人として見れる器用な人間は、残念ながらいないようだ。
「仕方のない話だな。裏返せば、民たちが王家に抱く忠誠心の厚さなのだから……喜ばしいと受けるべきだろう」
自身に言い聞かせるよう呟いたヴェルナーに、思いっきり川の水を跳ね飛ばしてやった。
「ぎゃぁ!何をするか!冷たいじゃないかっ!!」
「ニヒヒ。俺は人狼だぜ?フロッケンベルクと共存してるだけで、ヴェルナーを神さまだなんて思わないからな。せっかく息抜きに来てるのに、隣でしけたツラなんかしてれば、悪戯くらいするさ」
「……ほぉー。なるほど」
ヴェルナーがニヤリと笑い、ひょいと手を伸ばす。
活きの良い釣れたての魚が、ルーディの襟首から放り込まれた。
「ふぎゃぁぁぁ!!??」
背中でビチビチのたくる気味悪い感触に、ルーディは飛び上がって悲鳴をあげる。
「わーっはっはっは!!狼というより、猫みたいな悲鳴だな」
「にぎゃぁぁ!いいから早く取ってくれぇぇ!!」
時にケンカもして、仲直りし、かけがえない時が積み重なっていく。
十年以上の歳月をかけ、効果が高く日持ちする鎮静剤が出来たときも、彼はルーディ以上に喜んでくれた。