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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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人狼族の裏切り者(注意、性描写あり)-6

 ルーディが幸運だったのは、ある薬草を見つけた事だった。
 狼に変化して夏の野山を駆け回っていたときに、とても良い匂いのする草を見つけた。
 花もつけていないのに、ふんわり甘い香りで、なんだかとても気分が穏やかになった。
 夜の変身で、凶暴な血に飲み込まれそうになるたびに、大慌てであの草を探して嗅いだ。
 しかし、野山が雪に覆われると、薬草は見つけられなくなってしまった。
 そこで仕方なく、一人でこっそりフロッケンベルクの王都まで、山を降りて行った。

 フロッケンベルクは昔、もっとも深刻に人狼の略奪被害を受けていた国だ。
 だが百年以上前に、「姿なき軍師」と呼ばれる者が現れ、手痛い思いをさせられる人狼の部族が続出した。中には壊滅させられた部族もある。
 人狼族にとって耐え難い屈辱だったが、どんなに歯軋りしようと敗戦は覆せない。
 しかも悪い事に、謎の軍師は時が経た今でも、その名のとおり姿を見せないまま、国を守り通す。
 人間がそんなに生きられるはずはないから、称号と才を継いでいるのかもしれないが、それにしてもかの軍師は、いつの時代も悪魔よりも腐れ外道な罠を張り巡らす根性悪だった。
 よって人狼達は、しだいにフロッケンベルクを襲うのを避け、かわりに他の近隣諸国を襲うのが常になっていたが……。

 フロッケンベルクの王城と錬金術ギルドには、薬草用の大きな温室がある。
 あそこなら、あの薬草もあるかもしれない……。

 錬金術ギルドの温室は、何か妙な結界が張られていて、忍び込めなかった。
 それより兵士の目を逃れるほうが楽で、王宮に忍び込んだルーディは、多種多様な草花がすくすく育っている温室で、やっとあの薬草を見つけた。
 持ち帰るために、首に下げていた布袋を床に振り落とし、人の姿へ戻ろうとした。
 ところが……

「子どもの人狼か?」

 久しぶりに嗅ぐ甘い芳香にほっとし、気を抜いたのがまずかった。
 狼から人の姿になる最中を、一人の若者に見られたのだ。
 どうみても使用人ではない身なりで、明るい巻き毛の下には、陽気そうな両眼が興味に煌いている。
 ルーディは反射的に、もう一度狼に変わろうとした。

「その草が欲しかったのか?なら持って行ってかまわない」

 ところが兵を呼ぶかわりに、若者はそんな事を言ったのだ。

「――え……」
「とても幸せそうな顔をしていた。人狼は何も感じない凶暴な種族と聞いていたが、そんな事はないようだな」
「……俺たちだって、生きてるんだ。何も感じないわけない」

 なんとも言えない気まずさで、ルーディはもごもご呟く。

「ああ、もっともだな。失礼した」

 若者は苦笑した。

「私が王になる前に、国はもう人狼もの襲撃をうけなくなっていたから、君の一族と話をする機会はなくてね」
「え!じゃ、あんた……ヴェルナー王!?」

 フロッケンベルクを襲撃しなくなって久しいとは言え、人狼たちも仇敵の情報は集めつづけている。
 数年前、まだ少年の身で即位したフロッケンベルク国王の名は、ルーディも聞いていた。

「ああ。ヴェルナーだ。君は?」
「……ルーディ」

 気さくに話しかけられ、思わず正直に答えていた。
 それから……聞かれるままに、なぜこの草が欲しいのかも話してしまった。『発作』の事さえも……。
 もしかしたら本当は、ずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
 敵の王に情報を与えるのが間違ってる事くらい、子どもの身でもわかる。
 しかし、一族の誰一人、耳を貸してくれなかったルーディの悩みを、彼は真摯に聞いてくれた。
 ヴェルナーは全て聞き終わると、二日後にまたここへ来る気があるかと尋ねた。

「私を信用してくれるなら、君に紹介したい人がいる」




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