人狼族の裏切り者(注意、性描写あり)-2
アイリーンとの話を終えた後も、ルーディはラヴィに会う決心がつかなかった。
彼女は気絶したあと、ずっと馬車に寝かされている。
だが、向かおうと足を向けるたびに、あの脅えきった顔が脳裏に蘇って、結局引き返してしまうのだ。
しまいにアイリーンから『鬱陶しい!』とたたき出され、ルーディはようやく、ラヴィの寝かされている馬車に向う。
足どりは今日の天気のように、どんより鉛色に重い。
「ラヴィ……」
入り口の垂れ幕を避けて、そっと中に入ると、ラヴィは寝台に腰掛けていた。
まだ夜には早いが、厚い布で覆われた幌馬車の中は暗い。
しかし、夜目の利くルーディの目は、ラヴィがかすかに震えているのさえ判別できた。
「……ルーディ」
ラヴィの小さな声も、かすれて恐怖に震えている。
ため息を無理に飲み込んだ。
正体を明かせば、こうなるのはわかっていた。それでも、あのまま騙し続けるのはどうしても嫌だった。
「ごめん。何度も……言おうと思ったんだ……」
ラヴィの顔をまともに見れなくて、目を逸らして、早口で告げる。
「今回の件が終われば、アイリーン姐さんが、ラヴィの育った家まで連れて行ってくれるはずだ。俺はもう君に触れないし、姿も現さないから安心して……」
目を逸らしていてもラヴィが動いた気配は感じたが、次の瞬間抱きつかれて、ルーディは仰天する。
「ラヴィ!?」
ハクハク開け閉めされる彼女の口からは、一声も出てないけれど、ポロポロ涙を零して、ラヴィは無言で泣いていた。
ふわりと香る、ラヴィの甘い香りに誘惑される。
「ラヴィ……ダメだ……離れてくれ……」
ルーディの腕力なら、小柄なラヴィを引き離すくらい造作もないのに、どうしても身体はいう事を聞かない。
それどころか、抱きしめたい欲求を抑えるのが精一杯だ。
一緒に過ごした二週間、何度となくこの誘惑と戦った。
時には、こんなに苦しいならいっそ、さっさとラヴィと離れようとさえ思った。
それでも……結局はなんのかんのと言い訳を考えて、彼女を引きとめ続けていた。
「俺は、ラヴィの嫌いな人狼だし……一族から追われる裏切り者なんだ……」
追われ続ける身として、他人を危険に巻き込みたくないから、今まで深入りしすぎる関係は作らなかった。
広く浅く。
たまに気の合った行きずりの女性と寝ても、同じ相手と二度目はない。
諜報員という立場からも、それはうってつけの生き方だった。
ただ、時折どうしようもない空しさに襲われる……それだけ。
ラヴィに惹かれたのは寂しかっただけだと、そう思おうとした。
けれど、ラヴィが狼の牙に引き裂かれそうになったのを見た時、全身が沸き立つような怒りがこみ上げた。
“俺のつがいに手を出すな!!”
ラヴィには吼え声にしか聞えなかっただろうが、気づけばそう叫んで噛み付いていた。
人狼は、基本的に同族以外とは交わらない。
もし交わったとしても、それは性欲を満たすだけの目的で、一生を添い遂げる“つがい”に選ぶ事はないはずだった。
それでも、もう彼女しか選べない。
同族でなくとも、つがいに成り得るのはラヴィだけだ。
ラヴィと過ごした二週間、初日のようにいきなり押し倒すような理性のなくし方はなかった。
正直で真面目で一生懸命な彼女へ、愛しさが一日一日と募り、それが手に入れたい欲求をふくらめると同時に、彼女を傷つけまいとするブレーキになっていた。
狼を嫌うラヴィに断られても、無理やり手に入れてしまいたい。それが獣の本能。
愛しているラヴィを傷つけたくない。それが人間としての理性。
しかしもう、とても耐えられそうに無い。
「離れてくれ……」
掠れて上擦った自分の声は、本心からかけ離れたものなのが、見え透いていた。
耐え切れず、ラヴィを抱きしめ、小さな唇を貪る。
「ん……ん……」
震えている舌を吸い上げ、甘い唾液を夢中ですする。
いますぐ喰らい尽きたい獣の本能を必死に抑えながら、口付けの合間合間に懇願した。
「ラヴィ……俺のつがいになって……」
じんじん疼く、気が狂いそうな飢えを、すぐにでも満たしたくてたまらない。
「愛してる……ラヴィが欲しい……」