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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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人狼族の裏切り者(注意、性描写あり)-11

 人狼族の変身を初めて目の当たりにしても、サーフィはそれほど驚かなかった。
 この隊商にはワケありの人間が多いし、今でこそ普通の人間として生活しているサーフィ自身も、生粋の人間ではないのだから。
 ほんの四ヶ月前まで、毎日人間の血を分けてもらわねば生きていけない身体だった。それに比べれば人狼など、微笑ましいとさえ思う。

……人間に戻ったルーディの裸を見てしまった時には、さすがに困ったけれど。

「だぁめです!坊ちゃん!」

 腰に手をあて、サーフィはアイリーンの息子の前にたちはだかる。

「今、ルーディ殿はラヴィさんと……ええと、とても大切なお話の最中ですから」
「だって俺、狼になったルーディ兄ちゃんに、背中に乗っけてもらいたいのに!」
「いい子ですから、明日になさってください」

 隊商の生活は、プライバシーというのを得るのが難しい。
 よって誰かが『しけこんでいる』時は、見て見ぬ振りをするのが暗黙の了解だ。

 四ヶ月もここにいれば、いいかげんピンク色の空気を読むのもうまくなる。

 お子さまを引きずるようにして、ルーディ達のいる馬車から遠ざけた後、サーフィは仮眠を取るために自分の馬車へ戻った。
 ここではいつも数人で雑魚寝しているが、人狼の襲撃に備えて交代で見張りをしているため、今は一人だった。
 上着を脱ぎ、胸を固定していたさらしを外すと、締め付けが楽になってほっとする。
 クタクタの身体を横たえたが、漏れ聞えた息遣いやかすかな喘ぎ声が耳にこびりついて、なかなか眠れない。

(ヘルマンさま……)

 声に出さず、忘れられないその名を胸のうちで呟く。

 ヘルマン・エーベルハルト。
 不老不死の身体を持つ孤独な錬金術師を、一日たりとも忘れた日は無い。

 ヘルマンの錬金術で造られたサーフィにとって、彼は創造主であり、さまざまな分野の師であり……そして唯一、サーフィを蔑まない相手だった。

 ラヴィをここに連れてくる事を主張したのは、本当に身勝手な感情からだった。すがりつくようにルーディを見ているラヴィに、自分の影を重ねたのだ。
 世界の全てに等しいヘルマンと別れた時の自分を見ているようで、いても立ってもいられなくなってしまった。
 ルーディがヘルマンの弟子であると聞いていた事も、きっと影響していた。

「ん……」

 そっと衣服の中に手を滑り込ませ、肌をなぞる。
 こういう事をするようになったのは、処女を失くした四ヶ月前から。ヘルマンに抱かれてからだ。
 たった三日間。
 それも片手を鎖に繋がれ、無理やり犯されたも同然だった。

 ヘルマンは、サーフィを愛していたから抱いたわけではないそうだ。
 あれは、サーフィを人間にする薬を摂取させるために仕方なくで、それから少しばかり、ヘルマンの欲情を満たすのにも都合が良かっただけらしい。
 あんなに優しく抱かれながら、愛しているとは、最後まで一度も言われなかった。
 それなのに、サーフィの身体はヘルマンとの行為が忘れられず、すっかり猥らに作りかえられてしまった。

『サーフィ……』

 耳元に囁かれた、色気の滴る男の声を思い出すと、自分の手がヘルマンのそれであるように錯覚する。
ひんやり冷たい手。凍てつくようなアイスブルーの瞳……。全部全部、憶えてる。

 片手は重い胸をすくい上げて愛撫しながら、もう片手の指を二本口に入れ、十分に唾液をまとわりつかせた。
 眩暈がしそうな記憶の中の快楽を求め、足の間に指をそろそろ埋め込みはじめた。
 唾液とすでに蕩け出していた愛液が潤滑剤になり、すんなりそこは指を飲み込む。

「ん、ん……」

 服を噛んで息を殺しながら、掛け布の下で背を丸めて快楽を貪る。
 自分の指で与えられるのは、あの方がいとも簡単に植えつけた甘美な快楽から程遠い。
 中途半端でもどかしい苦しさに涙が滲む。
 ヘルマンの指の動きを思い出しながら、彼に抱かれているのだと自分を誤魔化し、指をかき回す。
 ちゅくちゅくと聞える小さな水音が、羞恥を煽って妄想に拍車をかける。
 優しい口付けや、繊細な手の動き、中に埋め込まれた雄の熱さを思い出し、だんだん抜き差しする指が激しくなる。

「っく……」

 やっと小さく達した。
 とくんとくん、と膣奥が物足りなさげに痙攣している。

 声は口に咥えた布で押し殺せたけれど、溢れ出した涙は止められなくて、嗚咽を殺すために、服をかみ締め続ける。

 私はひどい贅沢者だ。

 ここには、あんなにも渇望した生活がある。

 気さくに接してくれる仲間。
 信頼できる雇用主のアイリーン。
 自分の稼いだ給金で買った、気楽な衣服。

 休みの日には仲間と市場や町をはしゃぎ歩いて楽しむ。
 他の隊商と焚き火の周りで歌を歌ったりダンスする事もある。とてもとても楽しい。
 鳥篭のような城から自由になり、孤独に泣く事もなくなった。まるで夢のよう。


 なのに……その全てを与えてくれたヘルマンだけがいない。


 彼は故国のフロッケンベルクに帰ったらしいが、バーグレイ商会とフロッケンベルク王家の橋渡しはヘルマンから他の人に替わってしまった。
 彼と旧知のアイリーンでさえも、連絡手段がないそうだ。

(ヘルマンさま……貴方のくださった新しい世界は、とても美しく楽しいです……)

 それでも、心から幸せだと言えない。
 この新しい世界は未完成だ。決定的なものが欠けている。
 


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