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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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隊商の護衛少女-7

「―――――――っ!!!」

 灰色の大きな影に、足が立ちすくむ。
 峡谷の向こう側に現れたのは、狼だった。
 それも、昔ラヴィが襲われたものより、はるかに大きく凶悪な形相をした、狼の“群れ”だった。
 数十頭の狼たちは、峡谷の狭い部分を飛び越え、向かってくる。

「くそっ!!数が多い!!」

 弓を射ながら叫んだのは、ここで最初にあった男だった。
 狼たちは降り注ぐ矢にもひるまず、着々とこちら側へたどり着き、牙を剥きながら。
 サーフィの振るう刀が、銀色の閃光になって狼の一頭を切り裂いた。悲痛な叫びをあげ、灰色の身体が地に倒れる。
 だがその間にも別の狼が迫ってくる。
 獣達は、まるで知恵があるというように、連携した動きで肉薄してくる。

「はぁっ!はぁっ…!!」

 恐怖に耐えながら、馬車を目指して必死に走った。だが震える足がもつれ、転んでしまう。
 柔らかく重い獣の足音と息遣いが迫るのを感じた。
 サーフィがこちらへ走ってくるのが見えたが、何頭もの狼が彼女の行く手を阻む。

「あ……ぁ……」

 必死に起き上がろうとした背中に、あざ笑うように大きな前足がのしかかった。
 背骨が折れそうな重さに、悲鳴があがる。
 首をよじって振り向いた視界に、大きく開かれた真っ赤な口と並んだ牙が見えた……。

 恐怖も極限まで来ると、目を瞑る事すらできないのかもしれない。
 大きく見開いたままだった瞳は、最後に食い裂かれる自分の血を見るはずだった。
 だが写ったのは、ラヴィに襲いかかろうとしていた狼が、二回分死ぬ光景だった。
 矢に眉間を貫かれ、どうじに飛び掛ってきた別の狼に喉を喰いちぎられ、狼は絶命した。

 否妻のように飛び掛った新手の狼は、他よりも少し色の濃い暗灰色の毛並みで、身体も一回り大きい。 一撃で相手の息の根を止め、ラヴィを守るように立ち塞がった。
 咆哮をあげて他の狼を威嚇する暗灰色の狼を、ラヴィは呆然と見上げた。暗灰色の狼が一瞬だけこちらを振り向き、金色がかった琥珀色の瞳と視線がかちあう。

「え……?」

 まさか……と、頭をよぎった信じがたい考えを否定する。そんなはずは……
 へたりこんだラヴィの前で、狼たちはあきらかに、ターゲットを馬車から新手の狼へと変えはじめた。
 唸り声を上げ、数頭が暗灰色の狼に飛び掛る。
 間近で見る狼同士の争いは、凄まじかった。噛み付きあい、投げ飛ばし、引き裂く。

「ほら!早く来な!!」

 ふいに、弓を片手にしたアイリーンに後から引き摺られた。
 先ほど狼を貫いた射者は、彼女だったらしい。

「は……はい……」

 肩を借り、必死で馬車までたどり着いた。
 荷台に転がり込み、やっと振り返ると、死闘はまだ続いていた。
 暗灰色の狼は、非常に強かった。周りに転がる何匹もの死骸がそれを証明している。
 そして、サーフィの刀もそれに負け劣らなかった。銀色の閃光が走ると、狼の鳴き声を鮮血が吹き上がる。
 まるで、女性の姿をした白銀の神獣だった。

 狼たちは、この二大敵の隙間をなんとかかいくぐって馬車に襲いかかろうとするが、隊商の人間達もまけじと応戦する。
 ラヴィの横で、アイリーンが次々と矢を放つ。
 彗星のように飛来した矢は、恐るべき正確さで狼たちの急所を貫く。
 狼達は、次第にじりじりと後退しはじめた。

 そして奇妙な事が起こった。

 狼の一頭が、不意に激しく身体を奮わせ、耳をつんざくような咆哮をあげ、仲間に喰らいついたのだ。
 その狼は口から泡と涎を流し、目は異常な狂気にギラついていた。
 相手の狼達は素早かった。
 敵味方構わず暴れ狂う一頭を残し、来た時と同じように、迅速に峡谷を飛び越えてあっというまに姿を消す。
 狂った獣は、喰いちぎった仲間の死体を捨て、暗灰色の狼に狙いを定めた。
 二頭の狼が、咆哮をあげて跳躍する。

 目を覆いたくなる殺し合いの末、勝ったのは暗灰色の狼だった。

 サーフィがその狼に近づき、人間にするように何か話しかけている。

「あのっ!あの狼は……?」

 思わずアイリーンに尋ねたあとで、『余計な質問はご法度』と言われていたのを思い出したが、彼女は肩をすくめて答えてくれた。

「気になるんなら、自分で確かめたらどうだい」

 サーフィがラヴィの様子に気づき、軽く手招きした。

「……っ」

 狼のそばに近寄るなど、絶対にできっこないと思っていたが、すくんでしまいそうな足を奮い立たせ、ゆっくり近づく。

(大丈夫……大丈夫……)

 座り込んで傷を舐めている狼に、恐る恐る近づく。
 ラヴィに気づくと、狼は気まずそうに琥珀色の瞳を逸らした。

「…………ルーディ……?」

 目の前にいるのは、まぎれもなく四足の獣、狼だ。
 それでも解る。琥珀の瞳も、あの気まずそうに眼を逸らす仕草も、全てがルーディだった。

「やはり、ご存知なかったのですね。ルーディ殿は……」

 気遣わしげに言いかけたサーフィを、狼が止めるように前足で軽く叩く。
 そして暗灰色の狼は、徐々にその姿を変えていった。
 ラヴィが何より恐れる狼から、愛しい青年の姿へと……。

「るー……でぃ……」

 『人狼』その恐ろしい種族は、はるか北の山に住んでいたと聞いた。
 しかし、今では絶滅寸前で、お伽話しに等しい存在のはずだ。

「どうして……」

 目の前の現実感が遠くなり、足から力が抜けていく。

 サーフィがあわてて抱き支えてくれると同時に、ラヴィは気絶していた。


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