隊商の護衛少女-2
一瞬で人生が変わってしまうのは経験済みだったが、二度目があるとは思わなかった。
「ルーディが、フロッケンベルクのスパイ!!!???」
本人から聞かされた驚愕の事実に、思わず驚きの声があがる。
「シーっ!声が大きいよ、ラヴィ」
たしなめられ、あわててラヴィは口元を押さえた。
「あんまり詳しくは話せないけど……とにかく、俺の本業はどっちかというと、諜報活動なんだ。どこの国だって、イスパニラの動向は気にしてるだろ?」
「え、ええ……それじゃ、錬金術師じゃなかったのね」
そう尋ねると、ルーディは苦笑した。
「いや、錬金術師っていうのも、一応は本当だ。ある程度の自由が必要だから、お抱えになる事はないけどね」
「そうだったの……」
普通、他国へ出稼ぎに来ている錬金術師は、裕福な貴族のお抱えに雇われるものだ。
決まった雇い主がいないのは珍しいが、ごくたまに雇い主とそりが合わずクビになったりしてフリーになる場合もある。
てっきりルーディもその類かと思っていたのだが……。
「……で、彼女の勤めるバーグレイ商会は、フロッケンベルク王家御用達の隊商だ」
控えめに下がっているサーフィを、ルーディが目で指す。
「隊商が王室の御用を?」
ラヴィも田舎に住んでいる頃、隊商から買い物をした事がある。
年に一・二度、列をなしてゆっくりとあぜ道を歩いてくる荷馬車と幌馬車に、子どもたちは小銭を持って駆け寄っていく。
馬車たちが停まると、定住という事をしない流浪の民たちが、中から籠を持って出てくるのだ。
隊商の女性たちは老いも若いも、手足にたくさんアクセサリーを着けチュニックを重ね着した独特の服装で、風貌も品物も妖しい魅力に満ちていた。
特に夢中になるのは、少女たちだ。
小さい時は、木の実や糖蜜を練り合わせた菓子を買う。
もう少し大きくなると、彼女たちの手作りアクセサリーを買う。
隊商に一人はいる老婆の占い師に恋占いをしてもらう。
お小遣いを貯めて、妖しげな惚れ薬を買う娘もいた。
「隊商は、どこの国にも住まないと思っていたわ」
「住んではいないけど、バーグレイ商会は特別でね。首領のアイリーン姐さんは、ヤリ手の商人だし……荷運びのプロなんだ」
ルーディはそう力説したわけではなかったが、『プロ』という所に、なんとなく力が籠もっていたような気もした。
「それで、今回はちょっと悪いトラブルがあって、使いのサーフィが突然来たってわけ」
同意を求めるような視線に、サーフィが頷く。
「それともう一つ言わなきゃならない事が……」
歯切れ悪い調子で、ルーディが言いよどむ。
琥珀色の瞳を気まずそうにそらし、何か言いかけてはためらっている。
「ラヴィ。黙ってて悪かったけど、俺は…………」
「ルーディ殿、申し訳ありませんが、そろそろ行かなくては」
懐中時計を眺めていたサーフィが、遠慮がちに声をかけてきた。
「あ、ああ。そっか……」
心なしか、ほっとした様子で、ルーディは視線を戻す。
「ラヴィ、必ず迎えに行く。それまでバーグレイ商会に従ってくれ」
「ええ」
何を言いかけたのか気になったが、これでお別れにはならないのだという事が、嬉しかった。