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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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隊商の護衛少女-1

「ルーディ殿でございますか?バーグレイ商会より、火急の使いに参りました」 

 音も立てず、スルリと猫のように窓から部屋へ飛び込み、少女は懐から一通の手紙を差し出す。
 まともに玄関から来ていたら、王宮の使いかと思っただろう。
 優雅で丁重な言葉遣いと物腰は、無理や付け焼刃などでなく、ごく自然に彼女から滲み出ているものだった。
 お嬢さまとはいえ、気楽な田舎暮らしをしていたラヴィとは、根本的に空気が違う。
 ルーディもそれを感じたのか、ラヴィに言ったように「気楽に話してよ」とは言わなかった。

「アイリーン姐さんの所の人?見たことないけど……」
「はい。四ヶ月前より、バーグレイ商会の護衛を務めさせて頂いております。サーフィと申します」

 サーフィは胸に手を当て一礼した。
 着ている男装衣服は、凛々しい顔立ちとよくあいまって、異国の王子さまといった雰囲気だ。
 しかし、どんなに凛々しく見えても、美しい顔はたしかに女性だし、羨ましくなるくらい、出るところは出て引っ込むところは引っ込むバツグンのスタイルだ。

「貴殿へ差し出す身分証は、その手紙の匂いで十分だと、主より言われております」

 謎めいたセリフに、ルーディは小さく笑った。そして、手紙を鼻に近づけて頷く。

「ハハッ、確かに本物だ。悪かったね、新入りさん」

 ルーディが封を開けている間に、サーフィはラヴィへ向き直った。

「奥さま。大変な無礼をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

 まるで城づとめの騎士のように、堅苦しい謝罪をされ、ラヴィは慌てふためく。

「い、いえっ!というより、私は奥さまなんかじゃ……ルーディに奴隷市場で買われた身で……」
「そうでございますか」

 小首を傾げるサーフィに、難しい顔で手紙を読んでいたルーディが声をかけた。
 目を通した時、ルーディが短く息を呑んだ様子から、どうやら手紙の内容は、あまり良くないものらしい。

「了解した。手はずを済ませ次第そちらへ向かうと、姐さんへ伝えてもらえるかな?」
「かしこまりました」

 一礼するサーフィに頷き、ルーディはラヴィの肩にそっと手をかけた。

「ラヴィ、一緒に行った靴屋さんを覚えてる?あそこの親父さんに、何かあったら君を頼むって言ってあるから、夜が明けたらすぐそこに行くんだ。」
「え!?だって……!」
「二度とここに来ちゃいけないし、誰かに俺の事を聞かれても『ケンカ別れして、もう知らない』って言ってくれ」
「…………;そんなの……まるで……」

 何を言われているのか、理解するのを頭が拒む。

「本当は、もっと早く君を自由にしなきゃいけなかった。……中和剤なんか、もうとっくに出来ていた」
「ルーディ……?」

 ガクガク体中が震え、苦しげなルーディの顔が、涙の膜でにじんで見える。

「ラヴィと一緒にいる口実が欲しくて、グズグズ先延ばしにしてたんだ。でも……もう……今まで一緒にいれて、本当に嬉しかった」
「そんな……」
「――失礼ですが、それは得策でないかと」

 突然、サーフィが遠慮がちに口を挟んだ。
 彼女は礼儀正しく、先ほどからこちらを見ないでいたが、いつのまにかにすぐ近くに来ていた。

「ご存知のはずですが、彼らはそれほど生易しくはありません。私が玄関から来れなかったのも、危険すぎたせいですし……彼女に貴殿の痕跡を感じ取れば、『知らない』で済ませはしないでしょう」
「俺といた方が、確実に狙われる。ラヴィをこれ以上、巻き込むわけにはいかない」

 ルーディが珍しく、怒ったような口調になった。
 ところがサーフィの方でも、非常に憤慨したような口調で言い返す。

「すでに手遅れでしょう。貴殿の立場からすれば、必要以上に誰かと関われば、相手に危険が及ぶのは承知のはずです」
「それは……」

 真紅色のサーフィの瞳は、悲しみと怒りが混じったような色を帯びていた。

「中途半端に巻き込んで、放り出す……貴殿の行動は、あまりにも無責任ではありませんか」
「俺が悪いのは認めるよ。でも、じゃぁどうしろって……」

 ラヴィには、二人の会話の意味がまるでわからなかったが、あきらかにルーディは不利なようだった。

「このさい、徹底的に巻き込んでしまう方が、安全かと」
「へ?」

 目を丸くするルーディに、サーフィはにこやかに言い放った。

「ルーディ殿がお迎えにあがるまで、ラヴィさんは、バーグレイ商会にお連れ致します」
「ちょ……待ってくれよ!」

 慌てふためくルーディに、ラヴィは必死にすがった。

「彼女について行けば、また貴方に会えるの!?」

 ルーディはああ言ってくれたが、呪いとしか思えない自分の不運が、彼に降りかからないとはかぎらない。
 不安はある。
 それでも……

「このまま二度と会わないのが、ルーディの為なら……それなら諦められる。でも……私の為と言うなら、間違ってるわ!」
「ラヴィ……」

 ルーディが困りきった顔で、ラヴィを見つめている。

「ルーディ殿。離れたくないと、顔に書いてありますよ」

 ボソリと、サーフィが呟いた。
 ルーディは少々非難がましい眼で彼女を睨んだが、降参というように肩をすくめた。

「はぁ、お節介な新入りさんだ。アイリーン姐さんに大目玉喰らってもしらないぞ」


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