凶星の娘-4
全部話したのか、それとも一部を話したのか、よく覚えていない。
順序だって話せてもいなかったし、嗚咽混じりの声は、とても聞き取れたものではなかっただろう。
ルーディはただ黙って聞いてくれた。
「……ぅ……ぅ」
しゃくりあげながら震えていた顔が、そっと持ち上げられた。
「んっ!?」
唇が、ルーディのそれで塞がれた。
「ルーディ!だめ!不幸になっちゃ……」
身をよじって突き放そうとしたら、力強い腕で引き寄せられ、もう一度口付けられた。
「悪いけど、俺は占いを信じないほうだ。それより自分の嗅覚を信じたいね」
「嗅覚……?」
「ああ。言ってなかったっけ?俺、すごく鼻が良いんだよ」
クンクンと、犬がじゃれつくように耳元の匂いを嗅がれる。
「ラヴィはすごく良い香りがする。俺は、この香りで十分幸せになれる」
「だ、だからそれは……薬草石鹸の……」
「石鹸の香りだけじゃない。ラヴィ自身の香りが……ラヴィが……好きだ」
聞き間違いだろうか。
好き。そういわれた気がした。
「それにラヴィは誠実で優しい。最初に会った日だって、俺が倒れた時に逃げなかった」
「本当は……逃げようか迷ったわ……」
「でも、逃げなかった」
抱きすくめられた身体が、蕩けてしまいそうだった。
首筋を甘噛みされ、自分でも驚くほど甘い声があがる。
今は媚薬など使っていないのに、湧き上がる幸福感に、理性が侵食されていく。
靴を買いに街に出たとき、知り合いらしい何人かがルーディに声をかけていた。
みんなみんな、彼と話すととても楽しそうな笑顔になった。
彼は私と正反対。こんなにも周囲に幸せを与えられる人。
彼が、大好きだと思い知る。
たった二週間で、今までに出会った誰よりも深く、ルーディはラヴィの中に住み着いてしまった
「ラヴィ……俺は……本当は……」
いつものびやかな青年が、苦しげに眉をひそめた。
だが、そこまで言った所で、ルーディは唐突に立ち上がった。
「誰だ!」
鋭い声をあげ、ラヴィを背中に隠すようにして窓へ振り返る。
「お……お取り込み中、大変申し訳ございません。その……野暮をいたすつもりはなかったのですが……」
小さく窓を開け、一人の少女が赤面でしどろもどろに言いわけしている。
女性にしては長身で、大人びた凛々しい顔立だが、もしかしたらラヴィと同年代くらいかもしれない。
瞳は最上級のルビーを思わせる深紅色で、美しい白銀の髪は三つ編みにして後でクルリと輪に纏められていた。
隊商で旅をする流浪の民のようにチュニックを重ね着していたが、動きやすそうな男装衣服だった。加えて、腰には細長い刀が下げられている。
だが、さまざまな民が行き来する王都では、男装もそうめずらしくない。
彼女がありふれていないのは、こんな夜中に、他人の家の二階窓に張り付いている点だ。