凶星の娘-3
主から許可を得た兵士達は、躊躇しなかった。
姉の衣服が剥ぎ取られ、押さえつけられた白い肌に、獣性をむき出しにした男達が襲いかかる。
兵士の一人に押さえ込まれながら、ラヴィは呆けた人形のようにそれを眺めていた。
現実とは思えなかった。
人があんなにも醜くなれるだなんて、信じられなかった。
泣き叫ぶ姉の下肢に口に、赤黒い蛇のような肉棒が突き刺され、振り掛けられる白濁液の生臭い匂いが充満する。
仲間の狂宴に、ラヴィを押さえつけていた兵士も興奮をそそられたらしい。
押し倒され、ブラウスを引き裂かれた。
「……」
床に頭をぶつけた痛みも、犯されようとしている恐怖も感じなかった。
全ての感覚が遠くて、悪夢を見ているようだった。
「なんだこりゃ?ひでぇ傷ものだ」
前髪を跳ね除けられ、頬の傷を見た兵士がせせら笑う。
「まぁいいさ。穴の具合にゃ関係ねぇ」
「おい、そっちの女には手を出すな」
イチモツを取り出そうとした兵士を、例の男が引き剥がす。
「へ?し、失礼しました!」
慌てて敬礼した兵士を一瞥し、男はラヴィを見下ろした。
「お前は呪われるところだったぞ」
「は?」
「この女はな、とんでもない不運をしょいこんで産まれた凶星の娘だそうだ。虐げても受け入れても、関わる相手をことごとく不幸にするらしい」
「凶星の娘……ですか」
「ああ。迷信深いアイツは信じきって、ずっと田舎に追いやっていたらしい。良い厄介払いのつもりで、俺に押し付けようとしたんだろう。幸運を呼ぶ娘と言われたエレーンと、たいした扱いの差だな」
兵士は少し首をかしげ、兵士三人に貫かれながら呻く姉を見てから、肩をすくめた。
「皮肉なものですね。不運な目に会っているのは、どう見てもあっちの娘さんのようですが」
「それだよ。俺は迷信を信じないが、この光景は面白いじゃないか。」
男は、泣き叫ぶ姉と転がった父の生首を見て、それからラヴィにもう一度視線を戻した。
「こいつを生贄に差し出そうとした父親と姉は不幸になり、こいつ自身は無傷で残った。凶星は本当にあるのかもしれんな」
「で……でしたら、この娘は危険では……」
「腰抜けめが」
引き起こされたラヴィの目の前に、残忍な喜びを浮べた男の顔があった。
「どのみち、こんな傷物を抱く気にもなれん。それに今回の件は業腹だが、俺も人の子だ。ここまで哀れな娘に、ちと同情を覚えてな。……こいつにチャンスをやろう」
兵士は、本当だろうか?とでも言いたげな目線をちらりと送ったが、すぐに表情を隠し消す。
「フラヴィアーナだったか?返事くらいしたらどうだ」
「……」
「フン、ショックで頭が壊れたか?」
「……」
「まぁいい、よく聞け。お前をこれから奴隷市場に売る。お前は慈悲深い主に買われるかもしれんし、残忍な主人に責め殺されるかもしれん」
男のむき出された毒々しい歯茎の色が、やけに視界にくっきり写った。
「この場で、凶星は結果的にお前を救った。もう一度試してみようじゃないか。星はお前を殺すか、生かすか」
そして、男は兵士達に顎をしゃくった。
「おい、エレーンを連れて来い。せめて妹に最後の侘びくらいさせてやろう。この女の事だ。さぞ親切面をして、イジメ楽しんでたのだろうよ。まったく、ずる賢い女狐め」
男が何を言っているのかも、もうよく理解できなかった。
美しい金髪も何もかも白濁液と血にまみれ、人相が変わるほど腫れあがった姉の顔が、ラヴィのすぐ前に突き出される。
「ぐ……ぅぅ……ふらヴぃ…ア……な……」
獣じみたうめき声は、地獄の底から聞えてくるようだった。
「ゆ……ゆるさない……全部、全部あんたのせいよ!!!」
憤怒の呪いはそこで切れた。
すっかり興ざめした面持ちで、ラヴィの夫となるはずだった男は、姉の首を切り取った剣から血を拭い、死体に唾を吐いた。
姉の首は床の上でまだ眼を見開いたまま、恨みのこもった眼差しでラヴィを睨んでいた。
――それから、男は言った通りにした。
ラヴィは縛られ荷馬車に乗せられ、遠いイスパニラ王都の奴隷市場に売られた。
あの様子では、会った事も無い他の兄弟達にも、とばっちりの被害がいったかもしれないと思った。
そして、育ての親の老婦人にも……
ラヴィと関わったばかりに、田舎で静かに隠居していた彼女も、不幸になったかもしれない。
だが、実情を知る術は、もうラヴィにはなかった。
ルーディに買われたあの日まで、ひたすら絶望だけが心を蝕んでいた。