変わり者の錬金術師(注意、性描写あり)-2
「――ここだよ」
細い路地を通り、やがて一軒の家の前で、彼は足を止めた。
二階建ての古い小さな家だったが、都心に近いにもかかわらず、狭い庭までついている。
庭に植えられている草花が、どれも薬草や香草なのがちらりと見えた。
玄関に入り、いそいで背中から降りた。
「そうだな……まず、風呂でも貸そうか?それから傷の手当てをしよう」
高級娼婦用ならともかく、市場では普通の奴隷に風呂など提供されない。
思わず、埃と垢にまみれた手足を隠そうとしたが、ルーディはもうさっさと奥に行って湯の準備をしていた。
逞しい腕でポンプを動かして水を張り、呪文を唱える。
「俺は錬金術師のクセに、魔法が苦手でね。なんとか出来るのは、これくらいなんだ」
ルーディは苦笑したが、一瞬で湯になった風呂桶の中身を見て、ラヴィは唖然とした。
「すごい……」
魔法を実際に見たのは、生まれて初めてだった。
「だって、こんな量のお湯……普通に沸かしたらすごく大変なのに……」
「光栄ですね。お嬢さん」
冗談めかした口調で、ルーディはタオルと衣服を一そろい持ってきた。そしてご丁寧に、古い革靴までも。
「服のサイズが合うといいんだけど……クツはもう数日、これで我慢してくれるかな」
黙って受け取ってしまい、ルーディが風呂場を出て行く時になって、あわてて声を絞り出した。
「あ、あ、ありがとう……っ」
ルーディは振り返って、あの太陽みたいな笑顔で笑った。
「どういたしまして」
何週間ぶりかにお湯を使い、薬草石鹸で身体を洗った。
無数についていた傷やアザが痛かったけど、清潔にするというのが、これほど気分がいいものだと、心底思い知った。
奴隷市場で過ごした数週間で、数キロは体重が減ったらしい。元から貧相な胸も腰も、さらに一回りやせ細ってアバラが浮き出ていた。
タオルで身体を拭き、用意されたライラック色のワンピースを着て、靴を履く。
どう見ても男モノの靴は、ルーディのものなのかもしれない。ぶかぶかだったが、それでも裸足よりずっとマシだ。
身支度を整えてさっぱりしたものの、なんと声をかけていいかわからず、ラヴィはおそるおそる狭い廊下に出た。
玄関から入ってすぐ、風呂場と反対側がキッチンらしい。
ルーディはそこにいた。……床に倒れて。
「なっ!?」
ぎょっとして駆け寄ろうとしたが、一瞬足が止る。
(このまま、こっそり逃げちゃいなさい)
そんな囁き声が脳裏に聞える。
媚薬の体感なんて言っても、結局は人体実験だ。害はないだなんて、信用できるもんか。
とんでもない副作用とか、ヘタしたらものすごく苦しんで死ぬかもしれない……。
「……ぅ」
無意識にスカートの布を握り締めた。そろそろと玄関に一歩近づく。
「……っ……ルーディ!」
――――結局、倒れている大きな身体に、駆け寄った。
ぐぅぅーーー
間の抜けた空腹の音に、ラヴィは眉をしかめる。
「え?」
「ぅ……そういや……おとといから……何にも喰ってなかった……魔法使ったら……体力切れて……」
床に倒れたまま、ルーディが情けない声で呻いた。
「お腹が空いてただけ!?」
ラヴィはキッチンを見渡した。
「だって……卵も小麦粉も……食べものならちゃんと、あるじゃない!」
ちらかり気味の台所には、かくれんぼしているように、食材がチラホラ置かれている。
「それが……ここん所忙しくって、喰うの忘れててさ……」
あきれ返り、ラヴィはため息をついた。
「何か、食事をつくりましょうか?」
「ハハ……ありがたいな……」
とにかく床から引き起こそうと、力なく笑う青年に手を差し出した。
「っ!?」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
気づいたら、床に仰向けに倒れているのはラヴィのほうで、身動き一つ出来ないほどしっかり組み敷かれていた。
優しげだった琥珀の瞳が、飢えた獣のようにギラギラ光っている。
「ぐ……」
低い唸り声が、青年の喉からかすかに聞えた。
まさに獲物に喰いつこうとしている狼のように、ラヴィの首筋に顔をうずめ、ルーディはペロリと皮膚を舐め上げる。
「や、やぁ!!」
思わず、恐怖に引きつった悲鳴が喉から飛び出た。
「っ!!!!ご、ごめんっ!!」
弾かれたようにルーディが飛びのき、のしかかっていた重みが消える。
あわてて身を起したラヴィの前で、顔を真っ赤にしたルーディが、座り込んだまま手を振って言い訳した。
「いや……その……そういうつもりじゃなくて…………良いにおいがして……つい……」
「匂い?」
あわてて、くんくん自分の腕の匂いをかいでみた。さきほど使った薬草石鹸の清涼な香りが、かすかに香ってくる。
「きっと、石鹸の匂いだわ」
「ハ……ハハ……そっか……っ……!」
そしてルーディは崩れるように、また後ろへひっくり返ってしまった。
「……ラヴィ…………ごはん……お願い……」