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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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変わり者の錬金術師(注意、性描写あり)-3

  急ごしらえで作った食事は、ごく簡単な田舎の家庭料理だったが、テーブルに並んだ料理に、ルーディは目を輝かせた。
 向かいの椅子に座り、彼の飢えた狼のような食欲ぶりを、呆れを通り越して感心して眺めた。
 そうはいっても、ラヴィとてまともな食事は久しぶりだから、温かい食物に心が躍る。熱心にさじを口に運んだ。

 奴隷という立場からすれば、こんな風に主人と一緒にテーブルにつくなど、許されないはずだ。
 ルーディが食べ終わったら、残り物を貰おうかと思っていた。
 だが、『一人で食べるより、二人の方が楽しい』。
 そう言ってくれたので、つい空腹の誘惑にまけ、好意に甘えてしまった。

 料理に前髪が入ってしまわないように、仕方なく後に避けて束ねているが、ルーディは目下のところラヴィの顔より食事に全神経を集中させているようで、ほっとした。

 全ての皿をすっかり空にすると、ルーディは満足気に感想をのべた。

「はー、こんな旨いメシ、久しぶりに喰ったよ。料理が得意なんだね」
「……普通よ」

 さっき一瞬、約束を破って逃げ出そうとしたのが後ろめたくて、ついソッポを向いてしまった。
 実を言えば、料理はたった一つ得意なものだ。

「ねぇ、ひょっとしてさ……」

 テーブルの向かいから、ルーディが身を乗り出す。

「な、なに……?」

 目鼻立ちのハッキリした、まちがいなく美形の部類に入る青年の顔が、急に間近に迫り、驚いてのけぞった。

「フロッケンベルクの焼き菓子は作れる?」
「――――え?」

 一瞬間を置いてから、言われた意味を理解し、おずおずと答えた。

「レシピと材料があれば……作れると思うけど……」

 そう答えると、ルーディの少しとがった耳がピクリと動いた気がした。

「じゃあさ、今度作ってよ!」

 子どもみたいにねだられ、つい頷いてしまった。
 ルーディを動物にたとえたら、人懐こい大型犬という表現がピッタリだろう。パタパタ振っている尻尾が見えるような気さえした。
 それでも、犬は大嫌いなはずなのに、なぜかルーディに嫌悪感は覚えない。

「あの……お菓子が好きなの?」
「ハハ、やっぱ変かな?こんな図体なのに甘いものが好きなんて。」

 ルーディは苦笑し、照れたように頭をかいた。

「……身長で食べるんじゃないもの。何が好きでも変じゃないわ」

 小声で呟いた。
 焼き菓子なら、ラヴィだって大好物だ。
 家にいた頃は自分でもよく作ったし、甘くて香ばしい焼きたての菓子を口に入れる瞬間は、幸せそのもの。

 全ての辛い事を忘れてしまう。

「へぇ。これを言って、女の子に笑われなかったのは初めてだ」

 琥珀の瞳が驚いたように軽く見開き、それから嬉しそうにせばめられた。

「ラヴィは優しいね」
「……」

 無言でラヴィは、前髪を戻して顔を隠し、皿を片付け始めた。
 こんな事を言われて真っ赤になった顔なんて、とても見せられやしない。

「そういえば、料理を作った時、胡椒が見当たらなかったのだけれど……」

 流しで皿を洗いながら、ルーディにふと尋ねてみた。
 彼は洗い終わった皿を拭いている。

「ああ、ちょっと苦手でね、置いてないんだ。好きなの?」
「好きというか……もし良ければ、お守りに少しもらえないかと思って……」
「胡椒を?」

 思ったとおり、面食らった顔で聞き返され、また赤面した。

「えっと……あの、この傷……狼にやられたの……」

 無意識に、濡れた指で頬の爪痕を押さえた。

 ラヴィが暮らしていたのは田舎とはいえ、森の奥までいかなければ、狼やクマの危険はないはずだった。
 しかし、その狼はたまたま、獲物を探してさまよい出てきたのだ。
 そして『運悪く』幼かったラヴィを見つけた。
 飢えた獣を前に、恐怖で足が動かなくなった。唸り声とともに、頬に焼け付く痛みが走り、視界一面に赤が散った。
 喉に留めの一噛みをされる寸前、通りかかった猟師が矢を射って、狼を追い払ってくれた。
 あれ以来、どんなに小さな子犬だろうと、恐怖で足がすくんでしまう。

「狼が怖くて、しばらく家から外にも出れなかったわ。そうしたら、おば様が……私を育ててくれた親戚の人が、胡椒の入った小瓶をくれたの。狼は鼻が良いから、胡椒をかけてやれば逃げますよって……」

 狼が出たら、そんなものをかける前に喰われるぞ。

 近所の子には、そうからかわれて笑われた。
 けれど、それをポケットに入れているだけで、ラヴィはまた家の外に出る事が出来たのだ。
 ずっと大事に持っていたその小瓶も、奴隷市場で他の所持品と一緒に取り上げられてしまった。

「こんな都会に狼なんかいるはずないのに……可笑しいでしょうけど……」

 しかし、ルーディは真面目くさった顔で答えた。

「持ってる事で安心できるなら、十字架だって胡椒だって立派なお守りだよ」

 そして、クシュンと小さくクシャミをした。

「あー、想像しただけでクシャミが出た。そんなものかけられたら、飛んで逃げる」
「貴方にかけるつもりはないわ。人間だって、胡椒は料理の時だけで十分よ」

 なんだかラヴィのほうが笑ってしまった。

「えっ!?あ、そりゃそうだ。」

 ルーディは、少しあわてた様子で頭をかいて苦笑した。

「そういう事なら、用意するよ。」
「本当!?でも……胡椒は嫌いなんでしょう?」
「さっきのメシのお礼。それと、俺にかけないって約束してくれるんならね」

 そのセリフに、さっきより大笑いしてしまった。そして、そっと小声で付け加えた。

「これを言って笑わなかった男の人も、貴方が初めてよ」


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