真夜中の謁見者-1
南ではすでに、春の花が満開の季節。
しかし、北国フロッケンベルクの雪解け季節は、まだまだ先だ。
窓の外は、極寒の猛吹雪だが、魔法と科学を融合させた錬金術が発達している国の王城だけある。
雪にも消えにくい魔法灯火や、質の高い二重ガラスの窓など、過酷な寒さに耐えるための工夫が随所に凝らされ、快適な温度を保っていた。
時刻は真夜中。
国王の私室には、二人の青年がいた。
一人はこの城の主人であり国王のヴェルナー。
まだ三十路を迎えたばかりの国王は、明るい巻き毛をした優男で、気さくで穏やかな性格と知られている。
だが、今見せているのは、確固たる信念と決断を持った、厳しい統治者の顔だった。
「ルーディ・ラインダース。君のしてきた努力も、志の素晴らしさも、誰より知っているつもりだ」
内心の苦渋をなるべく表さないよう努力しながら、ヴェルナーは告げる。
「しかし、私にはこの国の王たる義務がある。君の一族を叩き潰す事に、いかなる躊躇もしない」
跪いていた青年が、顔をあげた。
顔からはまだ少年の幼さが抜け切らないが、年上の国王より、はるかに長身だった。綺麗に筋肉がつき均整のとれた体つきは、野生の若々しい剽悍な狼を思い起こさせる。
青年は両眼をまっすぐ王に向け、答える。
「はい」
視線にヴェルナーへの敵意は欠片もなかったが、その声は苦渋に満ちていた。
だからこそ、互いに余計辛かった。だが、事態はもう避けようの無い所まで陥っている。
王都へ牙を剥く不穏な空気は、いまにも喰らいつく寸前だ。そうなってからでは遅い。
本心では彼に……たった一人の親友に、この地を去って欲しくなかったが、決断を覆す気はない。
いますぐ遠い西の国まで逃げなければ、ルーディはまちがいなく殺されるだろう。
(いつまでも共にいられると、信じていた)
その言葉を互いに飲み込む。
敵対する種族同士であっても、その甘い考えを確信していた。そのためにルーディは努力し、ヴェルナーもそれを支えた。
この苦労は報われるのが当然と思っていた。
しかし現実は厳しく、予測した最悪以上の破局を迎えた。
「国境を越えるまで、信用できる護衛をつけよう。」
慰めにもならない、せめてもの申し出をヴェルナーは口にする。
この季節に、狼と猛吹雪が支配する厳寒の森を一人で抜けるなど、人間には自殺行為だ。
「ご配慮に感謝いたします。しかし、大人数ではかえって目につきますので」
思慮ぶかげにルーディは辞退した。
「そうか、では無事を祈っている」
気を悪くするでもなく、あっさりヴェルナーは引き下がる。
やはり余計な申し出だったようだ。雪の森は、彼にとって庭に等しいのだから。
「失礼いたします」
ルーディは立ち上がり、一礼する。
「傭兵の頭のような私が、こんな事を言うのは滑稽だが……」
錬金術と傭兵家業で国庫を支える、フロッケンベルク国の王は、青年の背に呼びかけた。国王ではなく、親友に語りかける一個人として。
「ルーディ、世界中の皆が君のようなら、きっと争いごとなど起きないだろうに」
ルーディも、国王ではなく親友「ヴェルナー」に答えた。
「そうかな……でも俺は無力だった」
言葉にされなくとも、その続きはヴェルナーに届いた。
『その結果がこれだよ、誰も救えなかった』
それが、今から六年と半年前の、ある夜中の会話だった。