6 本塁打-3
駅まで、サトルさんが迎えに来てくれた。今日は着古したTシャツにマドラスチェックのショートパンツを履いていた。
「やあ。ようこそ」
「ども、遅くなりました」
ペコっとお辞儀をして、サトルさんが足を向ける方向へ、私も踏み出した。
「ライブはどうだった?」
「うーん、楽しかったよ。一緒だった2人は私より楽しんでた様子だったけどね」
「ん、それはなぜ?」
「私はさ、前の方行かないから。後ろでじーっと地蔵のように聴いてた」
「マグロだね」
「そうね、猥褻な表現をすると、私、マグロなんですぅ」
そんな会話をしながら、見覚えのあるゴミ集積場を曲がり、アパートへ向かった。もう、一人で来れるかな。
部屋に入ると、炬燵の横にグレーの布団が一組、敷いてあった。ワンルームなので、横幅一杯だった。敷布団の上に、薄手のタオルケットが、足元にくしゃっと置いてある。私が連絡を入れるまで、サトルさんは布団でごろごろしていたのだろう。枕もとにはビールが一缶、サッカーの雑誌が置いてあった。
「すんませんね、散らかってますけど」
「いえいえ、こちらこそ何か、押しかけてしまってすんません。こんな時間に」
炬燵からは炬燵布団が無くなっていた。サトルさんが以前、書類をドカンと置いたあたりに、背負っていたショルダーバッグを置いた。お尻のポケットに入っていた携帯の着信を確認した。母には「レイちゃんの家に泊まる」と言ってあった。「れいちゃんによろしく」という短いメールが、母から入っていた。
「布団の上、乗っかっちゃっていいから。ビールでいいかね?」
2段の小さな冷蔵庫から、缶ビールを出してみせてくれたので、「ハイ」と頷いて返した。そこで初めて、お酒を買ってくるのをすっかり忘れていた事に気づく。
サトルさんの手からビールを受け取ると、炬燵の横に座った。プシュっとプルタブを引き、立ち上る儚く白い二酸化炭素が目に入る。
「乾杯」
サトルさんは飲みかけのビールで、私は早くも結露をしている冷えた缶ビールで乾杯した。少し汗をかいた後だったので、苦手な炭酸も苦にならずに喉を鳴らして3口飲み込んだ。コーラを飲むレイちゃんを思い出した。
レイちゃんに「サトルさんの家に泊まる」と告げた。レイちゃんはニヤッと私を見遣って言った。
「何かあるよ、一晩男と女が一緒にいて何もない筈がない」
それでも田口との間には何もなかった事を例に出したが、引かなかった。
「田口くんは奥手なんだよ。それか、ミキちゃんに惚れすぎていて手が出せなかったんだよ」
「んな訳ないよー。私と田口は男女の友情で結ばれているのだよ、アハハ」
「出た、天空の城」
そんな風にからかわれた。サトルさんと一晩一緒にいて、何かあるだろうか。お酒は飲み過ぎないようにしよう。酒は飲んでも飲まれるな。
「そうだ、映画、観ようよ」
そう言ってサトルさんは掃出し窓の方へ行き、テレビを操作した。
「遅くまで起きてて大丈夫ですか?」
「あぁ、明日は午後から仕事だから、大丈夫。映画観たら寝るよ」
映画の内容は、主人公の日常生活をテレビで生放送される事になってしまうという内容だった。エンディングがどういう風だったのか、実は座ったままうとうとしてしまって覚えていない。情けない。ビデオを停めに立ち上がったサトルさんの動きでハッと目が覚めた。