101万ドルの夜景-5
街の明かりが、徐々に消えていく。
しばらく無言だった彼は、その光景を前にして口を開いた。
「あの光の一つ一つが人の命に見えることは無いかね?」
僕は街の明かりの一つを見ながら答えた。
「いつもですよ。」
「人の命はこんなにも美しい。しかし、いずれは必ず消えていくんだなぁ。」
「明日も命は生まれますよ。」
「ああ、そうだ。明日も生まれる。しかし今日と同じ命ではない。命が生まれては消え、消えては生まれる。その繰り返しだ。この景色が私たちの胸を打つのは、この光が、今日という日にしか光らないからではないだろうか。」
その言葉は不思議なほど、すんなりと僕の体に染み込んだ。
人生は一瞬だ、とは一体誰の言葉だったか。
僕は立ち止まっている暇なんか無いのかもしれない。
僕はどこに行けば良いのか。それは今も分からないけれど。
あの少年の言ったように、僕はもう、行ったほうが良いのかもしれない。
目の前に広がるレールは、ひどくまっすぐで、単調。
けれど前に進めば、景色は変わり。
いつか、僕を惹きつける場所に辿り着くのかもしれない。
大事なのは、多分、進むことなんだ。
命の灯火は数えるほどしか無くなっていく。
「恐いですか?」
僕は、寂しそうにその経過を見守る老人に尋ねた。
「消える事が恐いですか?」
「恐くはないさ。わしはもう、十分に光ってみせたよ。ただ、」
「ただ?」
僕は先を急がせた。
「もう少し、昔を振り返ってみたい。」
そう言って僕を見つめた。
すべてを経験してきたその目には、僕はどう映っているのだろうか。
彼の目を通して、僕は自分自身を見た。何かの決意を含む目をした人が、そこにいた。
「聞きたいか?」
老人は言った。
僕は何の事か分からなかった。それを感知したのか、彼は付け加えた。
「どうして生きているのか、その答えじゃよ。」
しばらく考えて、こうかえした。
「やっぱり、いいです。生きる楽しみが無くなっちゃいますから。」
彼は、「賢明だ」と言わんばかりに顔をほころばせて背後にある車のドアを開けた。
やはりここは駐車場で正解だったようだ。彼はエンジンをかける。その音に驚いたのか、カラスが電線から飛び去っていく。
101万ドルの夜景は、またその価値を上げた。
群れから外れた一匹のカラスが、自分の居場所を探して群れに追いついた。その光景を目で追いながら僕は、明日、久しぶりにあの教授に会いに行こうかと考えた。老人は助手席の窓を開けて言う。
「煙草はやめられるうちに辞めておいたほうが良い。長生きしたいならな。」
そんな忠告を残して、彼は、いった。
その老人の最後の言葉は、僕の心に全く響かなかった。その歳まで生きられるのなら、本望だと思う。明日からは銘柄を変えてみようか。
老人の車からは、ロック調の音楽が溢れていた。
遠ざかるエンジン音を耳にしながら、僕はもう一度、夜景を見た。
それは、いつもと何ら変わりが無かった。
ただ、僕を押す力は格段に強くなっていた。