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101万ドルの夜景
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101万ドルの夜景-1

 時刻は午後十時過ぎ。
いつものようにアパートのドアを開け、いつものように向かいにある自販機に硬貨を入れる。まだ十月も半ばだというのに、この寒さはどうだろう。そう思って初めて僕は自分のはく息が色を伴っていることに気付いた。一度押しかけた指を、「ホット」と記してある方へ移動させた。
ガコン
飲み物が落ちる音が、やけに大きく聞こえた。それを手にとり頬につけながら、いつもの場所に向かった。

 半年前までは、某大学で講義を受けていた。自分で言うのも気が引けるが優等生だった。
現役でそこそこ有名な大学に入り、これで就職も安泰だ、と親は両手を上げて喜んだものだ。大学近くにアパートを借りて、いざ通ってみると何かが違った。受験時には大学合格が最大の目標であり、その先のことは、ろくに考えてもいなかった。受験時に僕は一体何を学んだのだろう。数式の羅列は僕を大きくしているのだろうか。言い知れぬ不安が、僕という器に注がれていった。そしてその器が、思っていたよりも小さかったことに僕は気付くのだった。何となく講義を受け、何となく単位を取り、そして何となく大学に行かなくなった。勉強についていけなくなった訳じゃない。
僕の前に敷かれたレールが、ひどく真っ直ぐに見えた。
そしてそのレールにいつも終わりは見えなかった。
十九歳という年にして僕は、未来に光を見出せなくなってしまったんだ。

 その場所はアパートから歩いて数分の所にある。
車が四、五台しか入らない小さな駐車場だ。車がとまっているところを見た事が無いから、そこは空き地と呼ぶほうが相応しいかもしれない。その場所が好きなわけではない。そこから見える景色が好きだった。僕のアパートは山の中腹にある。住所を言えば誰もが都会だ、と思うだろうが、街から少し外れればそこは驚くほど田舎だ。朝、鳥のさえずりで目を覚ますほど、と言えば皆納得してくれるであろうか。そのアパートより少し上ったところにあるこの場所は、どんな観光スポットよりも魅惑的だ。その場所から街の明かりが見渡せる。様々な色彩を身に纏った人工の光は、それだけでも形容し難いほど美しい。ただ、暗闇の中で浮かび上がるように存在する月や星。それらが織り成す自然の光源を添えたとき、それは心の中にしか存在しえない様な理想的な夜景を描き出した一枚絵になるのだ。今、この手にカメラがあったとしたら、フィルムが無くなるまで夢中でシャッターを切り続けるだろう。函館でいつか見た景色が「100万ドルの夜景」ならば、ここから見える景色は「101万ドルの夜景」と形容しても言い過ぎではないだろう。・・・・もちろん主観的に見て、だが。

シュボッ
その景色を前にして、煙草に火を灯す。
このひと時が今の僕には、何事にも代えがたい時間だ。
目の前にある電線には、いつも数匹のカラスがとまっている。それだけがこの景色に唯一
似つかわしくないオブジェだ。マイルドセブン、Super Lightの灰を、飲み終えたコーヒーの缶の中に落とす。飲み物を買う理由はそこにある。
 僕が見ている街の光の一つ一つ。それが僕には、命に見えてならない。その命の一つを見ても、何の感情も湧いてこない。でもこの目の前のたくさんの命が、こんなにも僕の胸をうつ。
人は一人では輝けない
それならば、今、僕が輝きを失っている原因は何だろうか。
僕は一人なのだろうか、孤独なのだろうか。これからも、ずっと。


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